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IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

3 5月

ポジティブなグローバリゼーション

「グローバリゼーション」という言葉は、経済や社会の文脈でネガティブな意味合いを持つことがある。たとえばコストの安い海外に工場が移転して国内産業が衰退し、その結果として貧富の格差が拡大するといった問題が語られる場面だ。(参考:コトバンクにおける諸定義

先日ジャーナリストの佐々木俊尚氏のツイートを見ていたらグローバリゼーションに関する話題が出てきた。

ソフトウェア分野におけるグローバリゼーションの定義は、これに近い。そしてネガティブな意味合いはなく、むしろポジティブな意味合いの方が強い。

ソフトウェアのグローバリゼーションとは、さまざまな言語や地域でソフトウェアを使えるようにすることである。その際、以下の2種類の作業が行われる。

A. インターナショナリゼーション(Internationalization、I18N、国際化)
特定の言語、地域、文化に依存しないよう、ソフトウェアを汎用化する作業である。主にプログラマーが関わる。
たとえば、あらゆる文字を扱えるようUnicodeを使ったり、翻訳され得るテキストをプログラム本体から切り離しておいたり、性や数で名詞の形が変わる言語に翻訳されても柔軟に対応できるプログラムを書いておいたりする。

B. ローカリゼーション(Localization、L10N、地域化)
特定の言語、地域、文化に合う形に特殊化する作業である。主に翻訳者が関わる。
言葉の翻訳(例:英語→日本語)が大部分であるが、ターゲットの文化に合うよう画像や映像を差し替えたり、機能(例:税金計算)を修正したりすることもある。

このAとBの関係を図示すると以下のようになる。インターナショナリゼーション(I18N)でソフトウェアの「土台」を作り、その上にローカリゼーション(L10N)で各国語の「家」を建てるようなイメージだ。そして、この2者を合わせて「グローバリゼーション」(G11N)と呼ぶ。

Intro-G11N_fig2-1
<『ソフトウェア・グローバリゼーション入門』(達人出版会、2017年)の図2.1を転載>

このうち、土台(I18N)が佐々木氏の言う「標準的なプラットフォーム」、家(L10N)が「それぞれの多様性」に相当している。



この2者の関係は、静的ではない。
各言語や文化(家)に存在する多様性のうち、土台(=プラットフォーム)に取り込めそうなものは取り込もうという努力が継続的になされている。
古くは、Unicodeのような文字コードである。おかげで日本人が使う漢字を含め、さまざまな文字が扱えるようになり、ソフトウェア上における言語文化の多様化に貢献している。あるいは、アラビア語など右から左に読む言語(RTLとも呼ぶ)にも対応できる仕組みの考案も、多様性をプラットフォーム側に取り込む努力の例だ。

さらに例を挙げると、ここ十数年ほどの間にソフトウェアで実装されつつあるのは、性や数で名詞の形が変わる言語への対応だ。
たとえば「カートに◯冊入っています」というメッセージの場合、日本語では数がいくつでもメッセージを変える必要はない。名詞に単数形も複数形もないからだ。しかし英語では単数なら「You have 1 book in your cart.」だし、複数なら「You have 5 books in your cart.」などと名詞(book/books)の形が変わる。
かつては「book(s)」のような表記も見られた。しかしきれいなやり方ではないし、英語なら単数と複数の2カテゴリーだけだが、言語によってはさらに複雑な複数形のカテゴリーを持つ言語もある(ロシア語で4カテゴリー、アラビア語で6カテゴリーとされる)。加えて、英語には名詞に性はないが、フランス語やスペイン語には男性と女性、ドイツ語にはさらに中性もある。
そこで、たとえば英語の複数形であれば、数が「1」か「それ以外」(複数やゼロ)かによって表示テキストを切り換える仕組みが作られた。具体的にはプラグラム上で以下のように書かれる(ICUの書式)。

{冊数, plural,
one {You have 1 book in your cart.}
other {You have # books in your cart.}
}

こういった仕組みはここ十数年くらいの間に広まったが、積極的に貢献している開発者には東欧の人が多い印象だ。というのも東欧では複数形が複雑な言語が用いられており、そういった言語できちんと翻訳テキストを表示させたいという動機があるのだろう。
これも多様性をプラットフォーム側に取り込む努力である。

実は「令和」も、日本文化という多様性をプラットフォームに取り込む最新の実例であった。
Unicodeには「漾廚筺岫錙廚覆標宜罎旅膸が存在する。当然、新元号の合字も欲しい。そこで改元スケジュールが発表されると、Unicodeコンソーシアムでは新元号のコードポイントを確保するなど、あらかじめ準備をした(ブログ記事)。そして新元号発表後、速やかに実装作業に入った(ブログ記事)。



このように、ソフトウェアにおける「グローバリゼーション」には、さまざまな言語や文化の多様性を、土台であるプラットフォームに取り込んでいく動的な側面もある。
もちろん日本語のように話者の多い言語に比べると、少数話者の言語は十分に取り込まれていないかもしれない。しかし東欧の開発者が「複数形」の仕組みを積極的に開発しているように、徐々にではあるが前進しつつある。そしていったんプラットフォームに取り込まれれば退歩も考えにくい。

そのためソフトウェアのグローバリゼーションは、ネガティブというより、むしろ前向きでポジティブな印象の方が強いのである。
16 4月

ヨーロッパ翻訳業界調査2019年版を読む

毎年出ているヨーロッパ翻訳業界調査の結果が今年も公開されている。
ヨーロッパは翻訳市場としては世界最大で、業界の取り組みも進んでいる面があるため、日本の翻訳業界関係者にとっても参考になる。
以下のGALAなどのウェブサイトからPDFをダウンロードできる。

2019 Language Industry Survey – Expectations and Concerns of the European Language Industry
https://www.gala-global.org/sites/default/files/uploads/pdfs/2019%20Language%20Industry%20Survey%20Report.pdf

同レポートは図表が多くて読みやすいので、気になる方は一読をお勧めする。
以下、私が個人的に気になった部分のみを取り上げたい。図はすべて同レポートからである。

◆女性が多い
今回初めて性別に関する質問が追加されたようだ。
翻訳会社、個人、教育機関(大学)、企業の翻訳部門の別に集計されており、合わせると73%が女性とのことだ。
なお図で女性は「F」、男性は「M」。



実は日本でもJTFが2017年に業界調査をし、個人翻訳者の性別を調べている。
女性が67.4%だったので、7割ほどが女性という点は日欧で共通なのかもしれない。

◆直接取引する個人が日本より多い
個人(赤線)でクライアントとの直接取引が「0%」(なし)と回答した人は12%ほどしかいない。わずかながらも直接取引している人が9割近くもいるということだ。



JTFの2017年の業界調査だと「なし」は6割近くだった。つまり日本で直接取引のある個人は4割ほどだ。
この日欧の違いがどこで生じるのかはっきりしないが、もしかしたらの翻訳分野の差が原因かもしれない。後述するように、ヨーロッパでは法務関係の翻訳案件が多い。たとえば証明書などの文書は住民個人が依頼するため、直接取引となるのかもしれない。一方で日本は産業系の翻訳の割合が大きいので、直接取引があまり発生しないのではないか。

◆分野は法務関係が多い
先ほど書いたように、ヨーロッパでは法務(Legal)や政府(Government)を対象にしている翻訳者が多い。



なお日本の個人翻訳者の場合、「ビジネス」、「工業技術」、「IT」、「医薬」、「特許」あたりが主な分野となる。これもJTF調査の結果である。
(宣伝: JTFに入会するとこういった有益な情報が得られる。翻訳者、翻訳会社、クライアント問わず、お勧めする。入会案内はこちら

◆「対応の速さ」や「柔軟さ」を重視
品質が重要なのは当然だが、それを除けばクライアントは「対応の速さ」(Responsiveness)や「柔軟さ」(Flexibility)を重視しているようだ。翻訳会社のクライアントでも個人翻訳者のクライアントでもあまり違いはない。


意外にも、「価格の安さ」(Low cost)はそれらと比べて重視されてない。

◆単価は期待ほど上がっていない
翻訳の単価は期待ほど上がっていないようだ。
たとえば2018年の場合、実際に(Real)単価が上がったと答えた翻訳会社は18%で、下がった答えた翻訳会社は28%なので、差し引きでマイナス10%という結果だった。




個人翻訳者はあまり変わっていないので、翻訳会社の方が単価で苦しんでいるのかもしれない。
ただし直前の売上(Sales)の項目を見ると、翻訳会社は伸びている。

◆日本で馴染みのないツールも使われている
翻訳会社でよく使うツールのトップ20が調査されている。


翻訳支援ツールで言うと、SDL StudioやMemoQあたりは日本でも広く導入されているので知っていた。
しかし日本ではほとんど聞かないツールも上位に入っている。ヨーロッパで好んで使われているツールがあるようだ。
私が知らないのは以下のツールだった。
  • Linguee: 欧州言語がメインの辞書(対訳コーパス)
  • Plunet: TMS(翻訳管理システム)
  • XTRF: TMS(翻訳管理システム)
  • DeepL: 欧州言語がメインの機械翻訳サービス


◆翻訳修士号は浸透せず
ヨーロッパには翻訳で修士号(EMT)が取れる学校がある。それを知っているか、知っている場合は採用時に考慮するかどうかという調査の結果だ。


知っている人は若干増えたものの、採用時に考慮する割合は逆に減っている。
即戦力であるという証明になっていないのかもしれない。比較的実用重視のEMTですらこれなので、日本はさらに厳しいだろう。


なお、過去のヨーロッパ業界調査も本ブログで取り上げている。
・ヨーロッパ翻訳業界調査2018年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5360143.html
・ヨーロッパ翻訳業界調査2017年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5211703.html
・ヨーロッパ翻訳業界調査2016年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5185598.html
12 4月

翻訳品質評価ガイドラインのポイント2つ

日本翻訳連盟(JTF)から「翻訳品質評価ガイドライン」が出されて半年ほど経つ。
同ガイドラインには、一般的な感覚と必ずしも合致しない説明もあると思うので、重要なポイントを2つだけ解説したい。

(1)翻訳の「品質」の定義
品質とは「翻訳成果物が、関係者間で事前に合意した仕様を満たす程度のこと」であると定義している(同ガイドラインp. 5)。
一般的には、たとえば「直訳なら品質が低い」や「こなれた和訳なら高品質」といった考え方がある。もちろんこれは間違いというわけではない。
ただ、同ガイドラインが想定する翻訳ビジネスにおいては、こういった考え方が当てはまらないケースもある。

たとえば、翻訳を発注するクライアントには「原文が透けて見える和訳が欲しい」といったリクエストをする人もいる。要するに、原文である英文の構造が分かるような「直訳」ということだ。原文の雰囲気を感じ取りたいというのが理由かもしれない。
もしこのクライアントの要望に沿おうとするなら、"低品質"の訳文を納品することになってしまう。

また、何度か本ブログで取り上げているが「サンシャイン牧場」というゲームの例も同様だ。
これは2009年に流行したゲームで、もともと中国語だったが日本語に翻訳された。当初は日本語が変だった("低品質")ため、きちんとした日本語に直した("高品質")。しかしその変な日本語(「サン牧語」)が気に入っていたユーザーからクレームが来たという話である。

また、サン牧内の言葉は基本的に中国語の直訳になっており、日本語としてやや不自然なところも目立つ。だが、一風変わった日本語が一部では「サン牧語」と呼ばれて人気なのだという。「一度正確な日本語に訳しなおしたら、ユーザーに『戻してくれ』と言われ、戻したことがあるんです。
https://ascii.jp/elem/000/000/477/477173/index-2.html

一般的な翻訳の感覚からは考えられないが、日本語としての質を落とす方向に進んだのである。

つまり、たとえば「直訳かどうか」や「日本語としてこなれているか」といったポイントで品質を定義しようとすると、困った事態が発生する場合もあるのだ。翻訳者はわざと"低品質"の翻訳をしてしまうことになる。
だから同ガイドラインでは「その翻訳案件で目指すところ(=仕様)は関係者どうしで決めてください。その目指すところが達成できていれば高品質です」としている。
実はこの「仕様を満たす程度」を品質とする考え方は同ガイドラインのオリジナルではなく、海外においてはすでに広まりつつある考え方だ(ASTM F2575やMQM)。

(2)重大度は現実への影響
同ガイドラインでは、エラーベースの評価モデルを提示している。要するに減点方式なのだが、エラーの「重大度」に応じて減点幅が変わる。
この重大度については次のように説明している(p. 20)。

あるエラーがどのくらい重いのかを示す程度。重大かどうかは翻訳の目的(例:マニュアルなら機器を操作ができる、広告なら顧客を獲得できる)を達成できるかどうかという視点から判断する。

そして重い順に「深刻」「重度」「軽度」の分類がある。たとえば深刻は「翻訳成果物の使用が不適当となるエラー。その訳文を読んだ結果、健康被害、経済的損失、社会的な評価毀損などをもたらす可能性がある」ものだ。

訳文でたとえば数字の桁が間違っていたら、誤訳の指摘が入るだろう。桁間違いはやってはいけないミスだ。医薬品の場合だったら人命に関わることすらあるので「深刻」で不思議はない。しかし、桁間違いなら自動的にすべて「深刻」になるわけではない。
たとえば誰かの日記ブログの和訳に「自宅から500メートル先にあるコンビニに行った」とあったとする。ところが実は1桁間違えていて、本当は「50メートル」が正しかったとしよう。日記ブログを読む側からすれば、コンビニが実際に500メートル先か50メートル先かは大した問題ではない(重大な被害や損失が発生するわけではない)。そのため「軽微」という判断で問題ないだろう。

このように、翻訳の目的に照らし合わせた上で、あるエラーが現実世界に与える影響で重大度を判断することになっている。


◆背景にある「機能主義」
上記(1)と(2)の考え方の背景には、機能主義的な考え方がある。
機能主義とは、先ほども出てきたように翻訳の「目的」を重視する立場である。翻訳学では「スコポス」とも呼ばれる。たとえば機器マニュアルであれば、読者が「機器の操作を完了する」という目的が達成できるよう翻訳することである。だから現地読者に合うよう、表現などが原文から離れる場合もある。
「サン牧語」に戻した件も、「ユーザーの満足度を上げる」という目的から考えれば、機能主義的には妥当な判断だ。

機能主義は翻訳学上でも大事な概念でもあるし、海外の品質基準(MQMなど)でも前提になっているので、理解しておくと便利かもしれない。
★最新著書★
アプリ翻訳実践入門 『アプリ翻訳実践入門』
筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所・代表社員。日本翻訳連盟・理事。
プロフィールや連絡先などについてはこちらをご覧ください。
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著書
ソフトウェアグローバリゼーション入門
インプレス刊
『ソフトウェアグローバリゼーション入門』

達人出版会刊
『ソフトウェア・グローバリゼーション入門』


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