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IT翻訳者Blog

主にIT、英語、翻訳の話題を書いています。

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MOOC「Entrepreneurship 101: Who is your customer?」視聴

MOOCプロバイダーであるedXに「Entrepreneurship 101: Who is your customer?」というコースがあったので視聴してみました(制作はMIT)。

アプリや製品を開発するスタートアップを念頭に置いた講義です。とにかく顧客やエンドユーザーに注目して製品企画を立てるという内容で、シンプルで分かりやすい方法だと感じました。
英語もやや早口な人が出てきますが、字幕でキーワードを追っていけば、まあ分からないレベルではないのではと思います。

講義の概要は以下の通りです:

・Step 1: Market Segmentation
特定の同質な顧客層に集中し、その他の層は無視する。とにかく集中が重要(Focus, focus, focus)。

・Step 2: Beachhead Market
最初に攻略し、また次への足がかりとなるマーケットのこと。独占できるような狭いマーケットを1つだけ選び、他を捨てて集中することが重要。

・Step 3: End User Profile
エンドユーザーを狭く定義した下位セット(類似する特徴やニーズ、口コミ関係を持つ)に関する記述を行う。

・Step 4: Total Addressable Market(TAM)
特定のマーケットでシェア100%を達成した場合の年間収益のこと。「ターゲットとなるエンドユーザー数 × 1人あたりの平均収益(米ドル)」で計算。TAMが2000万〜1億ドルを推奨。10億ドル以上だと大きすぎ、500万ドル以下だと小さすぎる。

・Step 5: Persona
エンドユーザー・プロファイルを代表するような具体的な1人の人物のこと。顧客が誰かを思い出すのに使う。ペルソナを使うとチームで意識統一が図れる。


以上です。

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翻訳の品質はエラー数で評価できるのか

ローカリゼーションなどの実務翻訳では、翻訳の品質を評価したり管理したりすることがあります。一般的には個人翻訳者が納品した訳文を、翻訳会社やソース・クライアントが評価します。
評価に当たってはさまざまな難しさがあります。どのような基準を用いるのか関係者間で意見が割れることがありますし、どういった基準を使うか決められたとしても「言葉」は主観的な部分があるので工業製品のようには測定できないことがあります。
そのため、比較的客観的に評価できる部分だけを評価するという方向に行きがちです。例えば数字の転記ミスはないか、指定された用語が使われているか、スタイル違反はないか、といった項目です。この場合、エラーの数が少なければ良い翻訳だ、ということになります。実際、有名なLISAのQAモデルではエラーに重大度(Minor、Major、Critical)を設定し、減点法で測定するという方法を採用しています。もちろん用語やスタイルの違反がないことは重要なのですが、これらだけが「品質」を構成するとは言えないでしょう。

前のブログ記事で取り上げた『User-Centered Translation』では、ユーザー(最終読者)を中心に据えた翻訳について論じていましたが、そこでUCT(User-Centered Translation)と比較した場合の従来の翻訳品質評価(TQA:Translation Quality Assessment)の特徴を説明している部分(セクション9.1.1)が興味深かったので紹介します。

<従来のTQAの特徴>
  • 最終段階が中心(End focus): 品質の評価と管理は翻訳の最中ではなく、翻訳完了後に1回行われる。

  • エラーが中心(Error focus): 翻訳エラーと未翻訳セグメントを検出。

  • 起点テクストが中心(Source text focus): 翻訳の目的("スコポス")というより、起点テクスト(いわゆる原文)と対照。

  • クライアントが中心(Client focus): プロジェクトにおける決定は、エンドユーザーというよりクライアントの希望による。

  • 専門家が実施(Expert execution): 実際のユーザーを巻き込むというより、専門家が実施。

  • フィードバックがなく、学習サイクルが限定的(Lack of feedback, limited learning cycles): 翻訳者は必ずしもフィードバックを得られない。得られても翻訳中に入手して、方針を変えられることはほぼない。

  • 審判する気風(Judgmental ethos): 翻訳者をサポートするというより、パフォーマンスに対して判定を下す。

  • 自動化(Automation): 簡単に測定できるものを測定し、虚報(false alarms)に終わることが多い。


要するに、クライアントが出す基準を用いながら、原文と見比べて訳文にエラーがないかを最終段階で専門家(チェッカーなど)が評価するという流れでしょう。

これに対して挙げられていたUCTの特徴をざっとまとめると…
  • 反復的なプロセスでユーザビリティー評価をし、最終段階に至る前に翻訳方針や言葉の選択が適切であることを確認。

  • エラー(特に原文との対照で分かるエラー)は、機能(何の役に立っているか)やユーザビリティーと照らし合わせて評価。

  • クライアントの希望だけではなく、エンドユーザーにも焦点を当てる。相反する場合はエンドユーザーを優先。

  • 翻訳チームへのフィードバックが伴う学習システム。


つまり、エンドユーザーを中心に据えつつ、翻訳者にフィードバックを繰り返してユーザビリティーの高い翻訳を作るという流れです。

あらゆる翻訳場面にUCTが適しているわけではないでしょうから、必ずしも従来のTQAが使えないということではないでしょう。
少なくともこうして対比させてみることで、業界で用いられているエラーベースの方法(上記のLISA QAモデルなど)を相対化できるというメリットがあると思います。

以上です。
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ユーザー中心翻訳




翻訳のプロであるならば、顧客が満足するようなサービスを提供しなければならないと言われます。ここで「顧客」というのは通常、フリーランス翻訳者であれば翻訳会社、翻訳会社であればソース・クライアントを指します。つまり、翻訳会社やソース・クライアントが満足するようなサービスを提供できるのがプロの翻訳者あるいは翻訳会社というわけです。これは比較的広く受け入れられている考え方ですし、現実のビジネスを見ると確かにそうでしょう。

ここに別の視点を持ち込むのが、本書のタイトルでもある「ユーザー中心翻訳」(UCT:user-centered translation)です。直接の顧客である翻訳会社やソース・クライアントというよりも、訳文の最終読者となるユーザーを中心に翻訳しようという方向です。この背景にあるのが「ユーザビリティー」と「ユーザー体験」(UX)という概念です。ユーザビリティーは例えば「読みやすさ」や「学習しやすさ」、ユーザー体験は「楽しい」といった体験全体に関係します。

ただしこれまで翻訳学においてユーザー(読者)が無視されていたわけではありません。例えば機能主義翻訳では、ドキュメントの目的("スコポス"とも)に沿った翻訳がなされているかどうかに注目していました。UCTが機能主義と異なるのは「ペルソナ」など具体的な分析手法をいくつか提案している点です。ペルソナとは架空の人物のことで、訳文を実際に読みそうな人を具体的に想定し(35歳のネットワーク・エンジニアなど)、その人がどう読むかを考えながら翻訳します(ちなみにペルソナ法はUCTに特有というより、UX研究ではよく知られた方法です)。

このUCTは従来の翻訳ビジネスを置き換えるというより、付加価値や多様性(diversification)をもたらすものでしょう。例えばアプリのUI翻訳です。現在主流の「1ワード何円」という計算方法の場合、画面に数語しか表示されないUI翻訳は、全く儲からない商売です。しかし「UXが高まり(結果的に)売上が伸びる」という方法で進めるなら、これまでとは違うビジネスになる可能性があります。UCTはこのような多様化に資する考え方でしょう。

以上です。
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筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

IT分野の英語翻訳者でソフトウェア開発者。社会人学生として東京工業大学の博士課程でソフトウェア・ローカリゼーションなどの研究も。
著書に『アプリケーションをつくる英語』(リンクは下の画像)。

詳しいプロフィールや連絡先はこちらをご覧ください。
著書
アプリケーションをつくる英語

紙版
『アプリケーションをつくる英語』

電子版
『アプリケーションをつくる英語』
【ブクログ大賞受賞】
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