rnishino

IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

25 3月

翻訳を評価する「流暢さ」と「正確さ」以外の指標

先週、NICTの隅田氏が講師のJTF翻訳セミナーに参加した。ニューラル機械翻訳を扱うということで、参加者は非常に多かった。

講演では、機械翻訳の主観評価の指標に「流暢さ」(Fluency)と「正確さ」(AdequacyまたはAccuracy)が使われているという話があり、私は「それ以外に何かないか?」と質問してみた。
この2つが従来から基本であることは知っていたが、特に新しい指標が提唱されているわけではなさそうだった。
ちなみに「正確さ」は対訳で見たときに「原文の意味が訳文に反映されているか」、「流暢さ」は訳文のみを見て「きちんとした訳文か」、という度合いである。

翻訳業界では、この2つに加え、別の視点が入る。
最近注目され、今後作られる国際標準でも参考にされるのではないかと言われている「DQF-MQM」では、以下の7つ(+その他)が評価項目として挙げられている。

1. 正確さ
2. 流暢さ
3. 用語
4. スタイル
5. デザイン
6. ロケール慣習
7. 事実性

「正確さ」と「流暢さ」は機械翻訳でも翻訳業界でも重視されている。
一方、「用語」や「スタイル」はプロジェクトによって正誤が異なるし、「デザイン」はプロジェクトどころか表示場所(例:ボタンの文字がはみ出していないか)によって正誤が異なる。そういった点で、ある程度の汎用性が求められる機械翻訳システムの場合、正確さと流暢さ以外は扱うのが煩雑なのかもしれない。
この辺りではまだまだ人間が仕事をしなければならなそうだ。



「流暢さ」は重要な指標ではあるが、実はこの流暢さが必ずしも評価されないことがある。
例えば、以前から挙げている「サンシャイン牧場」の事例である。これは2009年に流行したゲームで、もともと中国語だったが日本語に翻訳された。当初は変な日本語(=流暢さが低い)だったため、きちんとした日本語(=流暢さが高い)に直した。しかしその変な日本語(「サン牧語」)が気に入っていたユーザーからクレームが付いたという話である。
また、サン牧内の言葉は基本的に中国語の直訳になっており、日本語としてやや不自然なところも目立つ。だが、一風変わった日本語が一部では「サン牧語」と呼ばれて人気なのだという。「一度正確な日本語に訳しなおしたら、ユーザーに『戻してくれ』と言われ、戻したことがあるんです。
http://ascii.jp/elem/000/000/477/477173/index-2.html

ここでは「流暢さ」よりも「ユーザーの満足」が優先されているということである。言語レベルよりもビジネス・レベルの判断が優先されたということだ。

実際のところ、同様の話は翻訳者として経験することがある。
以前、技術文書を翻訳する際、クライアントから「原文が透けて見えるような日本語訳が欲しい」と言われたことがある。要するに直訳調が希望で、日本語そのものの「流暢さ」はむしろ不要ということだ。流暢な日本語を書きたい翻訳者としてはがっかりするが、クライアントの要望であれば仕方ない、となる。

翻訳を何に使うかという「目的」から翻訳を見ることを「機能主義」と呼ぶ。
サンシャイン牧場の場合は「ユーザー満足」が目的であるし、「原文が透けて見える日本語訳」の場合は「クライアントにとっての読みやすさ」が目的となる。
現在の機械翻訳の場合、この機能主義まで取り込むことは難しいだろう。言語レベルより高いレベル(社会やビジネス)で良し悪しの判断が下されているからだ。

機械翻訳が発展すれば人間が行う実翻訳作業は減る可能性はあるが、翻訳全体に関して下す人間の判断自体が減ることは、まだまだなさそうである。
13 3月

製品広告のローカリゼーション

ローカリゼーションは、製品などを対象ロケールに適合させることであり、翻訳もその一部に含まれる。
マイクロソフトのSurfaceという製品サイトを見ていたら、面白いローカリゼーション例が見つかった。

本記事内の写真は以下のURLから引用している(2017-03-17時点)。
アメリカ版: https://www.microsoft.com/en-us/surface/devices/surface-pro-4/overview
日本版: https://www.microsoft.com/ja-jp/surface/devices/surface-pro-4/overview

まずは冒頭の製品概要である。



小さな文字の説明を見ると、1文めはアメリカ版が「Surface Pro 4 is light enough to take anywhere and powerful enough to use as a full desktop workstation.」である。対する日本版が「Surface Pro 4 は、どこにでも気軽に持ち出せる高いモバイル性と、あらゆる作業をこなすパワフルさを兼ね備えています。」である。内容的にはほぼ同じであるが、desktop workstationに相当する言葉は日本語にない。訳出しないほうが日本の消費者に受け入れられやすいという判断だろうか。

それ以上に興味深いのが後続の文である。アメリカ版は「In fact, it’s 50% faster than a MacBook Air 13”.」であるが、日本語では消えている。アメリカではMacBookを明確にライバルとしているのに対し、日本ではそういった比較は避けているようだ。

続いてペンを使っている場面だ。



人物がアメリカ版では白人女性であるのに対し、日本版ではアジア系に変わっている。
このように日本市場で親近感を持ってもらうように写真を入れ替えるのもローカリゼーションの一部である。いわば画像の翻訳である。
このSurfaceの写真では製品UIが英語のままだが、UIを日本語に変える企業もある。

続いて「Compare to Mac.」という部分である。

ここは対応する部分が日本語版にない。セクション全体を削除してあるようだ。
相手と比較して自社製品の優位性を強調することはアメリカではよく行われる(大統領選挙を見ていてもよく分かる)。しかし上記の通り、日本ではこういった比較自体が好まれないようだ。

昔、アップルがMacとパソコンを比較したCM(以下の動画)を作っていて、「こういうのは日本で受け入れられない」という議論があった。
アメリカでマイクロソフトが全く逆をやっているのが興味深い。


ローカリゼーションはテキストの翻訳だけではなく、このようにターゲットの文化を考慮してさまざまな要素を適合させる作業なのだ。
10 3月

JTFジャーナル#288に記事掲載

日本翻訳連盟の「JTFジャーナル」288号に私の連載記事が掲載されています。

PDFファイルはこちら:
http://journal.jtf.jp/files/user/JTFjournal288_2017_March.pdf

p.26からの「翻訳品質のランチボックス」です。
今回はDQF-MQMのエラー分類について解説しています。





あと、私が以前のブログ記事で触れた「翻訳者登録制度」について詳しい説明が載っています(p. 24-)。
ISO案件を考えている翻訳者や翻訳会社の方はこちらを読んでから、説明会に登録されてはいかがでしょうか。

以上です。
RSS フィード
記事検索
過去の記事
筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者/コンサルタント。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所代表社員。ソフトウェアのインターナショナリゼーションやローカリゼーションが専門。

プロフィールや連絡先などについては会社のウェブサイトをご覧ください。
Twitterアカウント
著書
アプリケーションをつくる英語

紙版
『アプリケーションをつくる英語』

電子版
『アプリケーションをつくる英語』
【第4回ブクログ大賞受賞】