IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

日本翻訳連盟は毎年「翻訳祭」を開催しています。今年は 20 周年ということで、分科会を含めて 23 セッションが開催されるそうです。

そのうちの 1 セッションで私が講演させていただくことになりました。
内容はこちらです。以下、リンク先からの引用です。

翻訳者だからできる!世界に向けたアプリの開発と販売

【概要】
iPhone App Store やAndroid Market の登場により、モバイル アプリケーションを海外に向けて簡単に販売できるようになった。またWeb アプリケーションを販売できる世界的なマーケットも整いつつある。こういった流通インフラを利用すれば日本国内と比べて遥かに多いユーザーにアプリケーションを提供できるため、新たなビジネスチャンスにつながる可能性がある。特に外国語を得意とする翻訳者や翻訳会社は、海外ユーザーを相手にするという点で大きなアドバンテージを持っている。本講演ではモバイルOS である Android を中心として、翻訳者や翻訳会社が自分でアプリケーションを開発またはローカライズする際に必要となる技術的な要点について解説したい。また、新しい流通インフラを活用したビジネス モデルも併せて検討する。

技術面とビジネス面の両方についてお話します。技術といってもそれほど細かい部分にまで踏み込めないので、ポイントとなる技術の概説になります。「ビジネスを検討するにあたって最低限知っておくべき技術的知識」といった感じでしょうか。そもそも私が技術者ではないので、ビジネス視点が強くなるかと思います。ですから、技術知識をお持ちでない方でも話の要点をつかむことは難しくはないでしょう。



他の講演者を見ると、名前を拝見したことのある方がずらりと並んでいます。
果たして経験も実績も少ない私でいいのだろうかという気はしているのですが、せっかく機会をいただけたので、できるだけ独自の観点からお話ができるよう準備したいと思います。
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やや長いので概要:
  • アメリカでは先端的サービス産業が伸びている。
  • 日本で先端的サービス産業が伸びないのは、「言葉の壁」などの障害があるからだ。
  • インターネット サービスでは言語が重要である。特に英語だ。
  • しかし必要になるのは「非ネイティブ向けの英語」であり、日本人でも圧倒的に不利なわけではない。

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野口悠紀雄氏は『「超」整理法』などのベストセラーが有名であるが、さすがに専門の経済やファイナンスの話も面白い。現在、東洋経済のオンライン版に野口悠紀雄の「経済危機後の大転換――ニッポンの選択」という連載がある。実データに基づいた分析で、素人にはやや難しい記事もあるが、非常に面白い。


◆ アメリカのサービス産業

この連載の第 32 回(9/27)は「米国の国際収支でのサービス輸出の貢献」という話であった。

簡単に内容をまとめると、アメリカは 70 年代から産業構造が変化し、特に 90 年代以降にサービス業の収益が伸びた。例えば「金融」や「IT」といった高度なサービス産業である。IT の中でもインターネット サービスは世界的に見るとアメリカ企業が圧倒的に多く、将来の黒字に貢献するだろう、という内容である。


◆ 日本のサービス産業

次の第 33 回(10/4)は、「国際競争力がない日本のサービス産業」というタイトルである。前回のアメリカと比較した場合の日本のサービス産業の特徴である。

重要と思われる点について、やや長くなるが何ヶ所か引用してみる。まず、なぜサービス産業を発展させなければならないか、という部分である。
……日本のサービス産業が、小売り、飲食など国内対人サービスを中心としており、国際競争力を持つサービスを提供できないことの表れだ。日本のサービス産業は、国際的に見て弱い産業なのである。製造業の比重が低下していく中で、生産性の低いサービス産業しか存在しないことが、日本の所得が低下していく基本的原因になっている。

……所得水準が高い先進国は、製品価格の点では、賃金の低い新興国に太刀打ちできない。新興国では供給できない専門的で先端的なサービス産業を成長させない限り、新しい世界経済の環境の中では先進国としては生き延びられないのだ。


次に、日本でサービス産業を発展させる場合の障害についてである。
 第一は「言葉の壁」だ。製造業の製品を輸出するには、言葉は直接には関係しない(営業のために言葉が必要になるかもしれないが、製品そのものは言葉とは無関係だ)。しかし、サービス輸出の場合には、言葉が重要な意味を持つ……

 第二は、人材の育成体制である。……金融業や先端業務サービスで日本が弱いのは、そうした業務を支える専門的人材が弱いからである。つまり、日本の高等教育体制は、製造業のための人材を育成することを主眼としており、サービス産業をほとんど無視している。

 第三に、社会的価値観の問題がある。……国際分業の比較優位原則を考えれば、ルーチンワークの比重が高い製造業は新興国にまかせ、人材の能力を発揮できる分野に集中することが必要なのだ。

上記の 3 点を克服できなければ、国際的に競争力のあるサービス産業は生まれないということなのだろう。


◆ インターネット サービスと「言葉の壁」

今後、ブロードバンドと低価格端末の世界的な普及に伴い、インターネット サービスはさらに重要になるはずだ。インターネットを日常的に使用している人なら分かるだろうが、大部分がアメリカ企業によって提供されている。例えば、世界最大の SNS である Facebook、日本でもユーザーが急増している Twitter、そして検索エンジンのみならずさまざまな最先端サービスを提供している Google である。

日本の SNS では mixi が最大手であるが、ユーザーはほぼ日本人に限られている。また機能もアメリカ企業の真似が多い。これは「言葉の壁」のメリットで、英語サービスが使えない日本人を相手に、海外で流行ったサービスを移植して提供するわけである。海外から一テンポ遅れるため、「タイムマシン」と呼ばれている。言葉の壁というメリットには当然、デメリットがある。タイムマシン商売を続ける限り、世界最先端のサービスを提供することはできない。

サービス産業の発展で障害になる「言葉の壁」であるが、特にインターネット サービスではほとんどの部分に存在する。従来のテキスト(書かれた文章)はもちろん、ブロードバンド普及で増加するとすると思われる動画や音声などである。また、ユーザーが外国語を使うならば、ユーザー サポートもその言語で行わなければならない。「作って終わり」というわけにはいかないのだ。


◆ まず考えるべきは英語によるサービスか

言葉の壁を乗り越えてサービスを海外に提供するには、現地の言葉に翻訳したり現地スタッフにユーザー サポートしてもらう方法が一般的かと思われる。ただしこれは非常にコストがかかる。実際、Twitter のような大規模サービスでさえ、一部の翻訳をボランティアに任せている。インターネット サービスのメリットは低コストで世界中に提供できる点にあるので、特に初期段階ではあまり翻訳や現地スタッフにコストをかけたくないはずだ。

となると、世界にインターネット サービスを提供したい場合、まず考えるべきは英語によるサービスだろう。英語は世界一の経済大国であるアメリカの公用語である。しかし何より、英語を使う非ネイティブの人口が爆発的に増えている。以前「英語 2.0: TOEIC とネイティブを超えて」にも書いたが、現在では非ネイティブの英語話者は、ネイティブの 3 倍に上る。また、人口の多い新興国でのインターネット普及により、非ネイティブのインターネット ユーザーは大幅に増えるはずである。実際、つい最近も Android Market の有料アプリケーションがインドやロシアなどで買えるようになった(ニュース)。

つまり、英語と言っても、アメリカ人やイギリス人に向けた「ネイティブ英語」ではなく、非ネイティブにとって分かりやすい英語(仮に「グローバル英語」と呼ぶ)でサービスを提供すべきだと考えるのである。


◆ ネイティブも英語が「言葉の壁」になる

上記のように、英語で提供する場合は、非ネイティブにとって分かりやすい英語で提供すべきだろう。英語ならネイティブが圧倒的に有利だ、と思われるかもしれない。確かに有利であることは間違いないが、ネイティブもある程度は非ネイティブ英語を学ぶ必要がある。というのも「ネイティブ表現」がむしろ非ネイティブに分かりにくいことがあるからだ。これは皮肉なことに、逆に「言葉の壁」になってしまう。

今後インターネット サービスを世界に提供するにあたって必要なのは、非ネイティブ向けの「グローバル英語」だろう。グローバル英語はネイティブも習得が必要であるため、日本人だからといって圧倒的に不利な立場に立たされているわけではない。発想を切り換えれば、挑戦は十分可能だ。
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日本は 10 万人を超える留学生を受け入れている。2020 年には 30 万人まで増やそうとしている。しかし必要なのは、留学生の頭数を揃えるというより、留学生受け入れを産業として成り立たせようとする戦略ではないだろうか。


◆ どこから出てきた 30 万人なのか

政府は 2008 年に「留学生 30 万人計画」を立てた。2020 年を目途に 30 万人の留学生を受け入れるという計画である。その骨子はこちらの PDF ファイルから見られるが、趣旨にこうある。

日本を世界により開かれた国とし、アジア、世界との間のヒト、モノ、カネ、情報の流れを拡大する「グローバル戦略」を展開する一環として、2020年を目途に留学生受入れ 30万人を目指す。


「開かれた国」だとか「グローバル戦略」だとか、それ自体にはあまり反論できない耳触りのよい言葉が使われているが、結局それがどのように日本のためになるのか、そしてなぜ「30 万人」なのか、よく分からない。文部科学省の担当官はインタビューにこう答えている。

我が国の高等教育機関が、他の先進国と同様に、海外からの留学生の受け入れ数の水準を確保していこうとする際、現在の3%強からドイツ、フランスに届くような10%程度(つまり300万人のうちの1割≒30万人)の受入れが必要となるということになります。

また、世界の留学生市場は今後急拡大をするというレポートもあり、そのレポートでは留学生数は、2015年には500万人、2025年には700万人規模と試算されています。現在、世界の留学生数における日本の受入れシェアは約5%程度ですので、仮に中間の2020年を600万人とすれば、現在の受入れシェアを確保しようとした場合、約30万人程度の留学生を受け入れるということになります。

http://www.studyjapan.go.jp/jp/toj/toj09j.html


1 つ目の理由としては、他の先進国では留学生割合が 10% くらいだから、日本も 10%(つまり 30 万人)を目指そうということらしい。2 つ目の理由として、現在の留学生市場のシェア(5%)を維持するためには、30 万人確保する必要があるということである。いずれにしても、先進国としての面目が立たないから、頭数だけ揃えましょうということだろう。


◆ 留学生受け入れで儲ける国

たとえばオーストラリアでは、留学生受け入れが産業として成り立っている。実際、観光業と並ぶくらいの巨大な輸出産業となっているようだ(参考リンク)。

そのオーストラリア、アメリカ、イギリスなどでは、国公立大学に入学する外国人留学生は、現地人より高い授業料を払うことになる。国や大学によって異なるが、1.5 〜 3 倍程度にはなる。金額で言うと、年間 100 〜 200 万円くらいだろう。逆に学生 1 人あたりに投入される税金は、オーストラリアで 77 万円、イギリスで 97 万円、アメリカで 104 万円である(参考リンク:PDF)。少なくともこの 3 か国では、費用(投じられる税金)と収益(支払われる授業料)を比較した場合、国立大学でも留学生から十分儲けていそうである。


◆ 留学生受け入れは産業になるか

最初に述べたように、日本には 30 万人を受け入れる計画がある。しかし 30 万人という数字は単に「先進国としての面目」を立てることが主目的のように思えて仕方ない。産業として成り立たせて儲けようという発想はなさそうだ。

だが上記の通り、産業として成り立たせている国は存在する。たとえばオーストラリアでは毎月留学生数の統計を調査・発表したり、留学生出身国の経済・社会状況のレポートを出したりしている。留学生というお客様(特にお金を出してくれそうな国の学生)を獲得するために、マーケットの動向を調査しているのだ。


単に「日本に来てくださいね」というだけではなく、オーストラリアのように徹底的にマーケットの調査をし、顧客(留学生)を知り、サービスを向上させることで、儲かる産業を目指すことが必要ではないかと思う。30 万人などの数字は、その結果として付いてくるものではないだろうか。

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