rnishino

IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

20 4月

「翻訳者登録制度」が必要なのはどういった翻訳者か

日本規格協会の「翻訳者登録制度」について、翻訳者の間で不安や批判があるようだ。
明らかな誤解も一部にあるようだが、そもそも日本規格協会ウェブサイトの説明が不足しているため、翻訳者を責めるわけにもいかないだろう。
次の「JTFジャーナル」(#289)で特集が組まれるという話なので、そちらも参照したい。

私は関係者ではないので詳しいわけではないが、私の理解するところで説明してみる(もし誤りがあったら訂正する)。

ここでは、
・ISO 17100に準拠した翻訳サービスを「ISO案件」
・ISO 17100に規定された資格(例:大卒+翻訳経験2年)と力量(例:ほんやく検定など)を認められた翻訳者を「ISO翻訳者」
と呼ぶことにする。



そもそもの話だが、ISO案件に関わらなければ、ISO翻訳者である必要はない
だから「登録していないと翻訳者と認められない」などという話はまったくない。

さらに、翻訳会社のすべての案件がISO案件になるわけではない。今後どの程度がISO案件になるかは、正直なところ予想できない。
ただ、翻訳会社としては、ISO案件を「高付加価値」のサービスにできるだろう。今まで翻訳サービスは一緒くただったが、明確な基準(ISO準拠か否か)で値段に差を付けられる可能性が出てきた。そうなると高い値段でクライアントに請求できる。最終的には高単価のような形で恩恵は翻訳者にも及ぶだろう。



仮にISO案件に関わる場合でも、ISO翻訳者であることを翻訳会社に個別に確認してもらえばよい。
もし翻訳者が「この1社としか取引しない」と決めているのであれば、1社だけに確認してもらえばよいので、それほど手間もかからないだろう。その場合、翻訳者登録制度を利用する必要はない。
もし翻訳者が複数の会社と取引している(今後したい)場合、個別確認用の資料を毎回準備するには、手間もコストもかかる。その場合、手間やコストが登録費用を上回るなら、翻訳者登録制度を利用すればよい。

取引量の多い"エース"翻訳者でなければ、翻訳会社も個別確認を嫌がるかもしれない。だから逆にそういう場所に割って入りたければ、あらかじめ登録制度による登録があると有利になるかもしれない。
また現在は、特定の翻訳会社で実績を積んだ場合、他社に対してその実績を証明するのが難しい。翻訳者登録制度では仕組み上、それができるかもしれない(実績のポータビリティー)。そうなれば、ISO案件ではなくても、実績証明に使える可能性がある。



まとめると、翻訳者登録制度がどうしても必要なのは、
・ISO案件に関わり、かつ、
・翻訳会社と個別にISO翻訳者である確認を避けたい
翻訳者ということになると思う。

それ以外の翻訳者は、自分にメリットがあると思えば登録すればよいだろう。

繰り返すが、登録しなければ社会で翻訳者として認められないという話ではないのだ。あくまでISO案件に関わる場合に問題となるだけだ。変な不安を抱く必要はないし、当面は様子見という判断でもよいだろう。
(ちなみに私は今のところ登録する予定はない。)

この後、5/31に東京で説明会がある。正確な説明を聞いたり質問をしたかったりすれば、参加を検討してはどうだろうか。
説明会チラシPDF: http://www.jsa.or.jp/wp-content/uploads/rcct-seminar_201703.pdf
14 4月

翻訳業界がこの先生きのこる道

翻訳業界にとって、目下のところ最大の脅威はGoogle翻訳などの「無料の機械翻訳サービス」だろう。テキストをコピー&ペーストしてボタンを押せば訳文が出て来る。
これは蛇口をひねれば水が出てくるのと同じようなものだ。何年か前にTAUSのJaapさんが「Utility」(電気・ガス・水道みたいなサービス)と呼んでいた(記事)がまさにそれである。


(絵はAutoDrawで書きました)

では、無料機械翻訳サービスが広がれば、翻訳業界(翻訳会社、翻訳者)は不要になるのだろうか?
少なくとも当面はあり得ない話だろう。
以前も別の記事に書いたが、現在の機械翻訳の評価対象は「翻訳」の1面に過ぎない。翻訳は、1文単位の対訳データで完結するような知的活動ではないのだ。

しかし現実世界では、無料の機械翻訳サービスで十分な場面も多い。
そうなると、翻訳業界はいかに無料の機械翻訳サービスと差別化するかが課題となる。
水道をひねれば、ほとんど無料で水が出てくる。一方で、スーパーに行くと500mlが100円のミネラルウォーターが売っている。
つまり、翻訳業界はミネラルウォーターに相当する翻訳を売れるか?、ということである。



こちらも以前の記事で書いたが、翻訳会社の重要な機能として「品質保証」がある。翻訳業界が差別化要因とすべきは、この品質保証であると私は思う。
品質の高い「良い翻訳」が何であるかは、分野(広告や特許など)によっても違うし、文脈によっても違う。こなれた日本語が好まれることもあれば、原文が透けて見える直訳調が好まれることもある。
要するに、「良い翻訳」は文脈(テキスト外部の状況)によって異なり、現在の機械翻訳ではそれに対処できない。そこで人間の判断が不可欠となる。

高度な文脈判断を行い、それを訳文に反映させて確実に「良い翻訳」として提供することが、無料機械翻訳サービスとの差別化要因だと考えるのである。
13 4月

翻訳業界は今のまま維持されるか

以前、高橋聡さんも仰っていた(ブログ記事)のだが、「翻訳業界」はある意味幻想である。
「翻訳業界」はクライアントから仕事をもらっているのだが、そのクライアントは、IT、医薬、特許、自動車、エンターテイメントなどの産業に分かれており、そのため扱っている文書の種類は多様だ。

翻訳業界は、下の図で言うと、横に伸びる青い枠である。
本来、翻訳担当者はクライアントの業界(縦の線)に組み込まれていてもおかしくないはずだ。


(図はAutoDrawで書きました)

しかし翻訳業界というものが存在するのは、翻訳という専門的技能の「くくり」が強いためではないかと思う。
翻訳は高度な言語能力が必要であるため、習得が容易ではない。このためこの能力が特に注目され、縦ではなく横でまとめらたのではないかという推測だ。

しかし、この「くくり」が今後も続くかどうかは分からない。
前回の記事にも書いたように、例えばIT翻訳(ソフトウェア・ローカリゼーション)は、従来の翻訳ビジネスのやり方ではうまく行かないケースもある。クライアントの業界におけるやり方が変わっているからだ。
しかし一方で、従来の方法で問題ない翻訳分野もあるだろう。

結局のところ、縦方向にくくられるか、横方向にくくられるかは、メリットがデメリットを上回るかどうかではないか。
ソフトウェア・ローカリゼーションのように「開発現場に近いところで翻訳すれば質が上がる」という傾向が強くなれば、縦方向にくくられることになるだろう。
そうなると、現在の「翻訳業界」という横方向のくくりが将来も維持されるかどうかは、不明だ。
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筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者/コンサルタント。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所代表社員。ソフトウェアのインターナショナリゼーションやローカリゼーションが専門。

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