rnishino

IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

1 6月

何を「翻訳」とするかは難しい

翻訳会社がISO 17100に基づく翻訳サービスを提供する際、ISOが定める資格と力量を満たした翻訳者を使う必要がある。
資格と力量を満たしていることを、第三者として日本規格協会(JSA)が証明する「翻訳者登録制度」が始まった。
私も、昨日の説明会に参加してきた。

説明会の質疑応答時に「機械翻訳の出力を編集する『ポストエディット』は翻訳実績に入るのか?」という内容の質問が出た。
JSA側は人間の手が入れば翻訳実績とするという回答をした。しかしこれに対し、JSAはポストエディットに対する認識が甘いのではないかという反応が翻訳業界関係者から出ている。

何を「翻訳」とするかは、実のところ非常に線引きが難しい問題だ。

いくつか見方はあるだろうが、ここでは「プロダクト」(翻訳成果物)と「プロセス」という点から考えてみたい。

◆プロダクト(翻訳成果物)
最終的に完成したプロダクトがきちんと(※)していれば、「翻訳」をしたのだとみなす立場がある。
従来の人手翻訳は当然含まれる。プロダクトがきちんとさえしていれば、ポストエディットだろうが、翻訳メモリーを使おうが、もちろん「翻訳」に入る。
さらに、例えば機械翻訳の出力や翻訳メモリーからの自動入力を対訳で見比べ、「問題ない」と判断を下すような行為(編集作業はしないとする)も「翻訳」に入りうる。

(補足:ポストエディットは訳文のみを見て修正することもあるが、ここでは対訳で確認する行為を想定)

◆プロセス
人間が「翻訳」という作業プロセスを経て初めて、翻訳とみなす考え方もある。
この場合、「翻訳」という作業プロセスに不可欠な要素(あるいは規定する要素)が何であるのかを明確にする必要がある。

例えば「翻訳全体を自分の頭でひねり出すこと」がプロセスに不可欠な要素だとする。
ポストエディットは機械翻訳の出力を部分的に変更する行為なので、「翻訳全体」を自分の頭でひねり出しているわけではない。だから「翻訳」ではないという結論に至る。
翻訳メモリーを使った翻訳作業も「翻訳」になるかは疑わしい。特に他人が格納した対訳データを使った場合、「翻訳全体」を自分の頭からひねり出しているわけでないため、「翻訳」にはならない。
よくよく考えて見ると、辞書を使ってもまずいかもしれない。例えば英和翻訳時に意味の分からない単語があり、辞書を引いたとする。そこで辞書の訳語を選んで採用した場合、自分の頭でひねり出したわけではないから「翻訳」には該当しなくなる。

では、全体ではなく「翻訳の一部を自分の頭でひねり出すこと」としたらどうか?
この場合、辞書を使うケースは「翻訳」だし、ポストエディットも部分的に人間がひねり出しているわけだから「翻訳」だ。

もちろん、0か1かという話ではなく、灰色が薄いか濃いかという話だろう。その場合、どこまでを黒(または白)とするかという線引きの合意が必要になる。



思うに、質疑応答でJSAが不用意や不勉強であったというより、これまで翻訳業界が怠惰だったということではないだろうか。
「翻訳」とは何であり、何をすれば実績として認められるべきかは、本来は翻訳業界が決めることのはずだ。
これを機に、もっと翻訳業界内で議論を深めなければならないだろう。


※「きちんとした」を定義するのもまた難しいが、ここでは仮に「原文読者が受けるインパクトを訳文読者も同じように受ける」程度にしておく。
29 5月

Udacityの「Localization Essentials」

Udacityが「Localization Essentials」という無料講座を開始した(2017年5月)。
UdacityはCourseraやedxなどと同じくMOOCであるが、Googleなどの企業が関わっていて実践的な講座が多いことが特徴だ。
講座へのリンク:

 Localization Essentials
 https://www.udacity.com/course/localization-essentials--ud610

 


ローカリゼーション(L10N)はソフトウェア開発で、かやの外に置かれがちだ。L10Nは翻訳の比重が大きく、翻訳会社に外注されることが多い。そのため開発者が興味を持つ機会が限られてしまう。そのようなL10NがUdacityで扱われることは、L10N関係者にとっては意義深い。

講座の全レッスンを聴講してみたが、確かに基礎は押さえられていたと思う。すでにソフトウェアL10Nに携わっている人にとっては、知識を整理するのにちょうどよい内容ではないか。Google社内のL10Nフローや担当者インタビューも入っている。
ただ、まったくL10Nに関わったことがない人だと、付いていくのは少々厳しいという印象を受けた。紹介されているプロセスが複雑で、ツールの種類も多い。

各レッスンの内容は以下の通りである:

・レッスン1:Key Concepts
L10N業界の現状、L10Nの歴史、GoogleにおけるL10Nなど

・レッスン2:Content Types
L10Nの対象となるコンテンツ種類とその特徴
マーケティング資料、オンライン・ヘルプ、字幕/吹き替え、ユーザー・インターフェイス、SEO/SEM

・レッスン3:Profiles and Skills
Google社内におけるL10Nのフローや担当者
Google社内担当者のインタビュー

・レッスン4:Processes
4段階のプロセス
製品準備(I18Nなど)、L10Nプロジェクト準備、プロジェクト実施、品質保証

・レッスン5:Tools
L10Nで使うツール
プロジェクト管理ツール、TM、用語、QAツール
Google Translator Toolkit(GTT)のデモ
(※ 私が聴講したときはデモ用ファイルがダウンロードできなかった)


前述のように、すでにL10N業界にいる人は知識を整理するのにちょうどよい内容だと思う。無料でもあるし、試してみてはどうだろうか。
25 5月

アメリカの翻訳通訳企業の統計

Slatorの記事で、アメリカの翻訳通訳関連企業の統計データが紹介されている。

 US Language Industry Booms, Doubles Headcount Within 7 Years
 https://slator.com/industry-news/us-language-industry-booms-doubles-headcount-within-7-years/

従業者数、企業数、平均賃金などが分かりやすいグラフになっているので、読みやすい。翻訳業界の人であれば興味を抱きそうな情報ばかりだ。

なかでも特に印象深かったのは、規模(従業員数)である。グラフを引用する。


(引用元: https://slator.com/industry-news/us-language-industry-booms-doubles-headcount-within-7-years/ 2017-05-25時点)

2,494社ある翻訳通訳関連企業のうち、1,943社が従業員が1〜4人らしい。実に8割近い。
個人が法人化しているようなケースが多いのだろう(私の会社も同じだが……)。
もし翻訳業界で「平均」を調べた場合、こういった小規模企業の実体が強く影響しそうだ。

ヨーロッパの翻訳業界調査によると、企業規模が小さいほど機械翻訳などテクノロジーの導入率が低いらしい。
同じ翻訳会社と言っても、小規模企業と大企業とでは、やっている仕事の内容に違いがある。
「平均的な翻訳会社像」というのは想定しない方がよいのかもしれない。
筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所・代表社員。日本翻訳連盟・理事。
プロフィールや連絡先などについては会社のウェブサイトをご覧ください。
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著書
アプリケーションをつくる英語
紙版
『アプリケーションをつくる英語』

電子版
『アプリケーションをつくる英語』
【第4回ブクログ大賞受賞】