rnishino

IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

9 5月

ヨーロッパ翻訳業界調査2017年版を読む

2017年版のヨーロッパ翻訳業界調査が先月公開されたようだ(ちなみに以前の記事で2016年版を紹介している)。
ヨーロッパは翻訳市場としては世界最大で、ヨーロッパにおけるトレンドや取り組みは、日本でも大いに参考になる。

2017 Language Industry Survey
http://ec.europa.eu/info/sites/info/files/2017_language_industry_survey_report_en.pdf(PDFファイル)

GALA、EUATC、eliaなどの業界団体に加え、今回からFITも協力しているため、個人翻訳者からの回答も多かったようだ。
全文は上記PDFで確認していただくとして、本ブログ記事では個人的に気になった項目をいくつか見てみたい。

◆個人翻訳者の売上

2万5千ユーロ(約300万円)未満が最も多い。いわゆる先進国ばかりではないので、この層が多いのではという解説があった。


◆翻訳分野
2_domain
翻訳会社も個人も法律(Legal)の割合が高いが、個人(Indep. Prof.)は相対的に多い。さらに行政(Government)も個人が相対的に多いようだ。一方で製造業(Manufacturing)や自動車(Automotive)は会社が多いので、この辺りは事業規模の違いかもしれない。


◆所属する業界団体(企業)

やはり企業はEUATC、Elia、GALAあたりが多いようだ。
重複の扱いは不明。「Business」は一般的なビジネス団体らしい(例:東京商工会議所)。


◆所属する業界団体(個人)

個人は入っているとすればFITが多いが、そもそも入っていない人も多い。


◆価格

このグラフは若干読みにくいが、翻訳価格の実際(Real)と予想(Expected)が翻訳会社(LSC)と個人(Ind. Prof.)別に書かれているようだ。
実際を見てみると、個人は毎年数パーセント程度低下しているが、会社は毎年10〜25パーセントも落ちている。
単価が上がらないことを嘆く個人翻訳者の話をよく聞くが、上流(翻訳会社)ではもっと厳しい。


◆増やす外注形態

グラフに詳しい説明がないのだが、翻訳会社がこれから増やしたい外注形態だと思われる。
言語タスクのアウトソーシング(一番左)が最も多いが、徐々に減る傾向にある。社内翻訳を増やそうということなのだろうか。
また、クラウドソーシングは2015年に頭打ちになっている。クラウドソーシングでは必要な品質を確保できないと判断したのかもしれない。


◆機械翻訳(MT)を使う翻訳会社

翻訳会社における機械翻訳の利用は、規模で違うようだ。


◆CATやTMSを使わない企業


こちらも企業規模で違うようだ。


◆MT、CAT、TMS以外に使っているテクノロジー

品質管理(例:タグ破損や数字転記ミスを検出)が多く、その次が音声入力のようだ。個人翻訳者がキーボード入力の代替として使うのだろう。用語(Terminology)はほとんど使われていない。


◆EMT(ヨーロッパ翻訳修士号)の認知

「知らない」が過半数、「知っていて採用時に考慮する」はたった13パーセントだ。
ISO 17100による翻訳者要件の1つめは「翻訳の学位」で、このEMTあたりが想定されていると思われる。
しかし、これを採用に考慮する翻訳会社は少ない。大学院で1〜2年程度学んだだけでは実務レベルにはならないし、現場に入ってから学ぶことが多いということだろう。
以前のブログ記事にも書いたが、フリーの実務翻訳者を目指すなら「社会人経験を積みながら翻訳学校 → 翻訳会社やクライアント企業 → 独立」というルートが最も安全、安価、確実だと思われる。


◆就職時に求められる能力やスキル(言語担当者)

翻訳者など言語担当者の場合、母語能力、外国語能力、翻訳能力の3つがCritical(青い部分)とされている。CATスキルなどもImportant(赤い部分)とされているが、これは必要になれば比較的短期間で習得できる。まずはCriticalの3つに注力すべきだろう。


◆翻訳会社の課題とトレンド
challenges-and-trends-for-the-company
(クリックで拡大)
2017年で多いものを4つ挙げると、
・納期の圧力(Time pressure)
・価格の圧力(Price pressure)
・品質要求(Quality requirements)
・差別化(How to differentiate oneself)
のようだ。一般的な企業とそれほど変わらないかもしれない。


◆業界のトレンドと関心事

やはり機械翻訳(MT)のようだ。


実は「CAT USER RIGHTS AND OWNERSHIP」という項目もあった。翻訳資産(例:翻訳メモリー)の権利は誰が持つかという調査のようだ。非常に興味深かったのだが、表の読み方がよく分からなかったので、ここで紹介していない。
2 5月

カルチュラリゼーションの悩ましさ

日本のゲームをアメリカ向けにローカリゼーションする際、ゲーム内の看板に「KKK」という文字が入っていたため、それを変更するかしないかで騒動になっている。
「KKK」はアメリカで「クー・クラックス・クラン」を想起させるため、不愉快に感じる人がいる。ビジネス上のリスクを感じ取った会社はそれを変更したものの、ローカリゼーション担当者は元のまま(日本語版のまま)に残すべきだと主張してクレジットから名前を外してもらったようだ。

記事:
『AKIBA’S BEAT』の北米版、「KKK」と書かれた看板が修正へ。ローカライズ担当者は不服を表明
Why This Japanese Game Is Sparking So Much Controversy (And What It Has To Do With The KKK)

実はゲーム・ローカリゼーションではこの種の問題がたまに発生する。過去には大きな批判も起こっている。
有名なところでは、2003年にマイクロソフトXboxの「Kakuto Chojin」でイスラム教のコーランが不適切に使われているとサウジアラビア政府が抗議した。そのためリコールに追い込まれた(記事)。
ほかにも、2006年にソニーPlayStation 3の「Resistance: Fall of Man」ではイギリスの教会を舞台に銃撃戦をする場面があった。イングランド国教会はこれに怒ってソニーに抗議している(Wikipedia記事)。


 <「Resistance: Fall of Man」の銃撃戦。引用元

製品やサービスを提供先地域に合わせることがローカリゼーション(localization:L10N)である。中でも特に宗教や歴史といった文化面について合わせることは「カルチュラリゼーション」(culturalization)と呼ばれる。ゲーム・ローカリゼーションではよく目にする言葉だ。

冒頭の例では、結局「KKK」を「ACQ」に変更したらしい。ビジネス的に見ると妥当な選択だと思われる。KKKはパロディとして入っていたようだが、そのパロディから得られる楽しさというメリットと、カルチュラリゼーション失敗によるリスクとを比較すると、ビジネス的にはやはり後者を避けたいだろう。

地域に合わせる形にローカリゼーション(翻訳)することを翻訳学で「受容化」(domestication)と呼ぶが、ただしこれが常に妥当だとは限らない。とりわけゲームの場合、ソース文化が感じられるよう、翻訳は直訳っぽくして欲しいという要望もある(記事)。これは同じく翻訳学で「異質化」(foreignization)と呼ばれる。2つの方向が存在するのだ。

冒頭のローカリゼーション担当者は、日本版オリジナルを尊重し、その文化を伝えたいという気持ちがあったのかもしれない。翻訳ビジネスには悩みが多い。
29 4月

翻訳者登録制度はフリーランスにとって良い選択肢だ

先日、知り合いから「西野さんは『翻訳者登録制度』に批判的なんですか」と聞かれて驚いた。この制度はフリーランス翻訳者にとってメリットがあり、良いものだと考えている。良いと考えるからこそ慎重に吟味すべきで、それが批判的という印象を与えたのかもしれない。

そもそもなぜこのような制度ができる流れになったのか、ISO 17100との関係を中心に見てみる。

  • 2015年に発行されたISO 17100は翻訳サービスの規格を定めている

  • 翻訳会社は、ISO 17100に基づく翻訳サービス案件(以下、便宜的に「ISO案件」)をハイエンドに位置づけている。つまりこれによって差別化を図って収益を向上させたい(→ 結果的には翻訳者にも恩恵がある)

  • ISO案件では、ISO 17100に定められた要件を満たした翻訳者(以下、便宜的に「ISO翻訳者」)を使う必要がある

  • 翻訳者は、自分がISO翻訳者であることを、各翻訳会社に確認してもらってもよい

  • しかし取引のある複数の翻訳会社に資料(卒業証明書など)を送るには手間がかかる

  • もしどこか1か所にISO翻訳者であることを登録できる場所があれば、各翻訳会社はここを参照すればよいだけとなるので、便利だ


このような流れから、ISO翻訳者であることの登録を一元化できる「翻訳者登録制度」ができたと考えられる。

以下にJSAのウェブサイトから関係図を引用する。特に注意したいのは、翻訳者が登録するのは、各翻訳会社ではなく日本規格協会という点だ。


(引用元:http://www.jsa.or.jp/guide/rcct.html<参照日:2017-04-29>)

同制度はISO 17100の流れからできており、基本的にISO案件を扱う場合にのみ関係する。ISO案件ではない通常翻訳案件では、同制度の利用は必須ではない。

ただし、ISO案件に関わらない場合でも、翻訳者が同制度で登録しておくメリットはある。
以前も紹介した川村インターナショナルのブログ記事によると「有資格翻訳者の情報は日本規格協会のWebサイト上に公開」されるらしい。つまり第三者に翻訳者としての実績を証明してもらえるのだ。だからこの登録をトライアルに代える翻訳会社が出てくる可能性もあると同記事では言っている。
最上位のAPTは2年で25,000円という費用がかかるが、日本規格協会のウェブサイト上に名前が載れば、フリーランス翻訳者が下手なホームページを作って宣伝するよりよほど効果があるのではないか。ホームページを運用するサーバー代だって毎月かかる(月1,000円なら2年で24,000円)。

まとめると、翻訳者登録制度はISO案件に関わる場合はもちろんのこと、フリーランス翻訳者が実績を第三者に証明してもらえる点でもメリットがある。これはISO案件ではない通常翻訳案件でも効果を発揮する可能性がある。
しかも同制度を使うか使わないかは、まったくの自由だ。制度を使わなければ社会的に「翻訳者」を名乗れなくなるわけではないし、制度の利用が法律で義務とされているわけではない。

こういった理由から、翻訳者登録制度はフリーランス翻訳者にとって良い選択肢になると考える。



次回の「JTFジャーナル」(#289)では同制度の特集が組まれる。また5/31には東京で説明会がある(チラシPDF)。
RSS フィード
記事検索
過去の記事
筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者/コンサルタント。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所・代表社員。日本翻訳連盟・理事。
プロフィールや連絡先などについては会社のウェブサイトをご覧ください。
Twitterアカウント
著書
アプリケーションをつくる英語

紙版
『アプリケーションをつくる英語』

電子版
『アプリケーションをつくる英語』
【第4回ブクログ大賞受賞】