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IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

10 4月

在宅フリーランス翻訳者を最終目標にすべきなのか

翻訳者やその志望者には「在宅フリーランス」を最終目標にしている人も多い。
ただ、翻訳者として力を発揮する上で在宅フリーランスが理想的かと問われれば、必ずしもそうではないだろう。
特に私が専門とするソフトウェア・ローカリゼーション(IT翻訳)では該当しそうだ。以下の話はこの分野を想定する。

◆ ワード単価という制約
在宅フリーランスの場合、「ワード単価」が現在の主流だ。
ワード単価では、原文1ワード(1文字)あたりで支払い額が決まる。例えば「I have a pen.」は4ワードある。これを1ワード10円で和訳する場合、支払いは40円となる。
この方法は見積もりが簡単で金額が事前に確定するため、取引がしやすい方法だ。

しかしメリットの一方でデメリットがある。
例えばソフトウェアUIのテキストは短く、そのためワード数が少ないことが多い(例:フェイスブックの「Like」ボタンは1ワード)。ワード単価制の場合、ある程度の数を翻訳しないと売上にならない。ところがソフトウェアUIの翻訳は、文脈を確認したり想像をめぐらしたりする必要があるため、数を稼げない。つまりワード単価の場合、1ワードをじっくり考えて翻訳することができないのだ。
フェイスブックの「Like」を「いいね」と訳すような場合、翻訳者には10円くらいしか入らない。しかし、この「いいね」という名訳が生み出した経済的価値は計り知れないだろう。
(ちなみに「いいね」はボランティアの翻訳らしい。)

以前のブログ記事で、IT翻訳(ローカリゼーション)は需要減らしいと書いた。
これもワード単価が一因であるかもしれない。かつてローカリゼーションではマニュアルやヘルプの翻訳案件が多かった。マニュアルやヘルプはある程度のワード数があるため、ワード単価の仕事として適している。
しかし、最近はマニュアルやヘルプが不要なモバイル・アプリが増加している。つまりワード数が稼げないため、モバイル・アプリ関連の仕事を翻訳会社が取らず、在宅フリーランスに流れなくなったことも考えられる。

要するにワード単価制の場合、「1ワードをじっくり訳す」という仕事がビジネスとして成立しないということだ。逆にビジネスを成立させるためには、分量の多い仕事を選ばざるを得ない。

◆ 文脈確認の難しさ
ソフトウェア・ローカリゼーションでは「文脈」の情報が重要だ。ここで文脈とは、ソフトウェアの画面のことである。あるボタンやメニューがどこに表示されるかが分からないと、翻訳はできない。
例えば「Sun」という1語を「太陽」と訳すか、「日曜」と訳すか、あるいは「サン」(社名)と訳すかは文脈によって決まる。もしカレンダー上に表示されることが分かれば「日曜」だと判断できる。

在宅フリーランスは、この文脈情報を入手したり確認をしたりするのに苦労することが多い。
というのも、文脈情報を持っているソフトウェア開発会社と在宅フリーランスの間には、翻訳会社が入るからである。場合によっては2者以上が間に入ることもある。伝言ゲームになるため意図が伝わらないこともあるし、返信までにかなり時間がかかることもある。結局情報を得られず、納品物に反映できないケースも多々ある。

文脈の確認が難しいということは、翻訳者として満足の行く仕事ができない結果につながり得る。

◆ 翻訳者として満足度を高める一方策
このようにソフトウェア・ローカリゼーション(IT翻訳)分野では、在宅フリーランスとして働く環境が良くなって来ているとは言えない状況だ。
そもそも、ソフトウェア・ローカリゼーションは80年代まではソフトウェア会社(マイクロソフトなど)の社内でやっていた。それが90年代になると、翻訳はソフトウェア会社のコア事業ではないため外注し始め、結果として外注を受けるローカリゼーション業界が形成されたらしい。
少なくともローカリゼーションの場合、在宅フリーランスの歴史は短く、在宅が「伝統」であるとは言えないのである。

もしこの分野の翻訳者として満足できる仕事がしたければ、在宅フリーランスを止める選択肢もあるだろう。
上で挙げた課題は、ソフトウェア会社の「社内翻訳者」になれば解決するかもしれない。
まず「ワード単価」で働く必要が無いため、じっくりと1ワード訳すという環境が得られる。
(社内で「こなしたワード数」で評価しているならダメだが……)
次の「文脈情報」もすぐに得られるはずだ。文脈情報が容易に得られれば、翻訳者として十分に力を発揮できる。

もし在宅フリーランスという労働形態ではなく、翻訳者として満足する仕事ができる環境を得たい場合、「社内翻訳者」という働き方をもっと積極的に評価すべきではないだろうか。
在宅フリーランスを必ずしも最終目標にすべきではないと思う。
7 4月

4〜5月の翻訳業界イベントとセミナー

4〜5月に私が関わっている翻訳業界のイベントやセミナーがいくつかあります。

◆ 4/25〜26:TAUS Executive Forum Tokyo 2017
https://www.taus.net/events/conferences/taus-executive-forum-tokyo-2017

海外からのスピーカーが日本に来る数少ないイベントです。
今年は機械翻訳に加え、実用化が進んできた音声翻訳の話題も豊富です。私も少しだけプレゼンテーションする予定です。
ちょっと参加費が高いのですが、懇親会や昼食が込みです。あと、発表は基本的に英語です。
(追記:JTF会員には割引があります。何か月か前にJTFから送られたメールにプロモーション・コードが記載されているはずです)


◆ 5/22〜26:2017年JTF翻訳品質セミナー
http://www.jtf.jp/jp/style_guide/styleguide_seminar.html

今年から「スタイルガイドセミナー」から「翻訳品質セミナー」に名前が変わっています。スタイルガイドも含めた翻訳品質全般に対象を広げています。

全3回のセミナーです。
・第1回:齊藤貴昭さん「誰も教えてくれない翻訳チェック」
 去年の翻訳祭で会場に人が入り切れなかったセッションのアンコール企画です。

・第2回:石黒圭さん「文書作成における接続詞の役割」
 私も和訳するときは接続詞に悩むことが多いので楽しみです。

・第3回:中村哲三さん「論理的で翻訳しやすい日本語を書く」
 最近機械翻訳が身近になってきて、日英機械翻訳でも原文日本語が良いと結果も良くなるようなことが言われています。

JTF翻訳品質セミナー

申し込みはそれぞれのリンク先からどうぞ。
5 4月

欧州委員会の翻訳ツールとワークフロー

欧州委員会(EC)が「Translation tools and workflow」という冊子を公開している。
以下のリンクからPDFをダウンロードできる。
http://bookshop.europa.eu/en/translation-tools-and-workflow-pbHC0616046/



EUでは加盟国の言語が違うので、公的な翻訳需要がかなり発生する。
この冊子によると、ECの翻訳部門(Directorate-General for Translation)は世界最大規模の翻訳サービス組織らしい。翻訳者とそのサポートをするスタッフが合計2200人ほどいるようだ。

冊子では、この巨大組織で使っているツールとワークフローが説明されている。
そのうち、翻訳作業時に主となるツールはこの4つのようだ。
(1)用語ツール:IATE
(2)中央翻訳メモリー:Euramis
(3)機械翻訳: MT@EC
(4)音声認識

特に(2)の中央翻訳メモリーには力を入れているようだ。非常に規模が大きく、EU全言語をカバーする10億セグメントが格納されているとのことだ。翻訳者はこの中央翻訳メモリーから(一部を)ローカルにダウンロードし、ローカル翻訳メモリーとして使う。

(1)の用語ツールは、データベースをEU諸機関が共有している。用語が860万語以上、略語が50万語以上格納されている。ヨーロッパは用語をかなり重視している(研究も盛ん)が、こういった部分に反映されているのだろうか。
(3)の機械翻訳は統計ベースが基本で、毎日10万ページほど機械翻訳しているようだ。
あと(4)の音声認識ツールが出てくるとは意外だった。キーボードの代わりに多くの翻訳者が使っているらしい。

ヨーロッパは多言語社会で、公的な翻訳需要が大きく、日本とは状況が異なる。ただ、公的な組織が既存訳や用語を集めて有効活用しようとしている例として参考になるのかもしれない。
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筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者/コンサルタント。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所代表社員。ソフトウェアのインターナショナリゼーションやローカリゼーションが専門。

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