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IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

5 7月

翻訳業界の歴史を知る本

翻訳業界はそれほど規模が大きくないため業界史が必ずしも記録されておらず、口伝えに聞くしかないこともある。

柴田耕太郎氏の『翻訳家になろう!』(2012年、青弓社)を読んだら、翻訳業界の歴史について比較的詳しい記述があった。業界の人間にとっては貴重な資料だと思う。タイトルからこの内容は想像できなかった。

例えば「翻訳団体」という節(p.19)では、日本翻訳連盟(JTF)について以下のように書かれている。
 それでも徐々に経済回復への兆しが見え始めた1981年、日本翻訳連盟がひっそりと立ち上げられた。当初のメンバーは翻訳学校の日本翻訳学院(現・フェローアカデミー)と中小の翻訳会社を合わせて、十数社だった。<略>だが84年になると、少しずつ実績を積み上げていこうと考える企業と、実力をつけるにはまず社会的な認知が必要と考える企業が対立し、後者のメンバーは同会を脱退して新たに日本翻訳協会を設立した。

日本翻訳協会(JTA)の存在は知っていたが、もともと一つだったことは初耳だった。ほかにもさまざまな翻訳会社の歴史が紹介されていて、初めて知る事実も多かった。



また、昨今はISO 17100に関連して、翻訳が専攻できる大学院が話題に出ることがある。

実は日本でも2000年代半ばに「日本翻訳大学院大学」という専門職大学院が検討された(文科省サイト)。これが結局ダメになったことは聞いていたものの、その理由までは知らなかった。しかし同書には詳しい経緯が記されていた。

それによると、大学院の設置者である「栄光ゼミナール」から柴田氏が要請を受け、申請書を書いて文科省に提出したが、それに対して修正意見が出たらしい。柴田氏は反論して再提出しようと思ったものの、当の栄光ゼミナールが申請を取り下げてしまったということのようだ。同書にはその申請書の内容も掲載されている。

それから約10年経った現在、翻訳が専攻できる大学院への期待が高まっているので、この資料は貴重だと感じる。



ちなみにGoogleブックスから一部内容が読める(こちら)ので、興味のある方は試しに閲覧してから購入すればよいだろう。
14 6月

日本翻訳連盟(JTF)の理事に就任

先日(6/7)、日本翻訳連盟(JTF)の総会で承認していただき、理事に就任しました。

JTFは翻訳会社と個人翻訳者の両者が参加している翻訳業界団体です。
私は「産業翻訳は、翻訳者による実作業だけでは完結せず、原文が書かれるところから訳文が使われるところまでのプロセス全体を対象にしなければならない」と考えています。そのため、両者が参加するJTFは大きな役割を果たすはずです。

理事としては特に「翻訳品質」に取り組みたいと思っています。
機械翻訳の精度が向上したとされている現在、「何をもって良いとするのか?」という品質基準の確立は翻訳業界にとって重要です。きちんとした品質基準がないと、翻訳成果物は一緒くたにされてしまう可能性があります。何とか日本語になっている程度の訳文も、時間をかけて丁寧に作った訳文も、十把ひとからげです(※)。
これは翻訳業界にとって悲しい事態ですが、顧客側にとっても不便が生じます。例えばお金がかかっても優れた翻訳が欲しいという場面で、選択肢を見極める手段がないのです。要するに品質基準がないと、翻訳業界自身も顧客も困るのではないかと感じます。

JTFでは今年度から「翻訳品質委員会」が始まりました。私も一委員として参加しています。
「標準スタイルガイド検討委員会」からの改称ですが、扱う範囲は広くなっています。翻訳品質の要素としては、スタイルのほかに、例えば「用語」や「流暢さ」といった要素があります。こういった品質全体を視野に入れるつもりです。

翻訳品質委員会としては、まず翻訳品質のガイドラインの策定に取り組む予定です。
ガイドラインといっても、業界全体で均一の品質を目指そうというわけではありません。何かしら「目安」や「基準」を持とうという程度です。
例えば、プロの翻訳サービスをまったく使ったことのない新規顧客がいた場合、どの程度やってもらえるのかという目安がないと、怖くて発注できないかもしれません。「無料の機械翻訳と何が違うの?」という質問にも明確に答えられません。
また業界で品質の目安があると、例えば翻訳会社Aは「うちは目安に加え、こういうことをしています」、翻訳会社Bは「うちは目安にこれとこれを追加しているので、その分料金が高いです」といったサービス展開ができます。要するに、差別化の基準として使えるわけです。
このように、ガイドラインがあると、業界全体として新規顧客を獲得したり、各翻訳会社が自社の特徴を出す手段となったりするのではと期待しています。結果として翻訳業界が活性化すればうれしいことです。
ただし、この辺りは個人的なイメージで、まだ委員会として何かを決めたわけではありません。

とりあえずの理事任期は1年ですが、上記の通りまずは「翻訳品質」について取り組みたいと考えています。


※ ちなみにISO 17100は翻訳の「サービス」が対象であり、翻訳成果物(プロダクト)そのものの品質を扱っているわけではありません。翻訳成果物については、今年からISO 21999として議論が始まります。
8 6月

流暢だが訳抜けが発生するニューラル機械翻訳

昨日、2017年度の日本翻訳連盟(JTF)の総会で、AAMT会長の中岩氏が基調講演をされた。そこで興味深い最新論文を紹介してもらった。
従来の統計的機械翻訳(そのうちPBMT)と、最新のニューラル機械翻訳(NMT)との比較をした論文で、どの種類のエラーが多く出るのかを調べたものだ。

 Fine-Grained Human Evaluation of Neural Versus Phrase-Based Machine Translation
 https://ufal.mff.cuni.cz/pbml/108/art-klubicka-toral-sanchez-cartagena.pdf
 Klubička, Filip, Toral, Antonio, M. Sanchez-Cartagenac, Victor著
 (The Prague Bulletin of Mathematical Linguistics. 2017, no. 108, p. 121–132)

英語からクロアチア語への翻訳について、MQMのエラー分類のうち「正確さ」(Accuracy)と「流暢さ」(Fluency)を使っている(ちなみにAccuracyは機械翻訳分野におけるAdequacyに相当)。
ただし、クロアチア語の特質に合わせて一致(Agreement)などの項目を独自に追加しているようだ。

結果は以下のようになっている。上記論文の表4を引用する。



一番左の列はエラー・タイプを示していて、「Accuracy」と「Fluency」という大きなレベルがあり、その下にいくつ項目がある。
またその右に機械翻訳システムが並んでいる。「PBMT」、「Factored」(Factored PBMTというPBMTの一種)、一番右が「NMT」である。
緑色のセルは、そのすぐ左のセルよりも良くなった(エラーが少ない)ことを示している。赤色のセルは、その逆である(※)。

一見して分かるように、流暢さ(Fluency)は全体的にNMTで向上している。
一方、NMTには赤いセルが1つある。正確さにおける「Omission」である。これは「訳抜け」のことだ。
これまで「NMTの訳文は読みやすくなったが、訳抜けが発生する」という指摘はなされてきた。Googleでも自社のNMTで発生することを認めている。
これが印象ではなく、きちんとした実証的研究として示されたことの意義はあると思う。私は当分野の専門家ではないので不勉強の可能性があるが、このような分かりやすい図表は初めて見た。
同研究は英語=クロアチア語間なので、日本語訳の評価もぜひしてもらいたいところだ。


※ アスタリスク(*)は統計的な有意差を示している(*はp<0.05、**はp<0.0001とのこと)。
筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所・代表社員。日本翻訳連盟・理事。
プロフィールや連絡先などについては会社のウェブサイトをご覧ください。
著書
ソフトウェアグローバリゼーション入門
インプレス刊
『ソフトウェアグローバリゼーション入門』

達人出版会刊
『ソフトウェア・グローバリゼーション入門』


現場で困らない! ITエンジニアのための英語リーディング
『IT英語リーディング』


アプリケーションをつくる英語
紙版
『アプリケーションをつくる英語』

電子版
『アプリケーションをつくる英語』
第4回ブクログ大賞受賞】