IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

注:2011年の情報です。

先日、確定申告をするために去年の資料を集めていたところ、Android アプリ関連の売上が集計できました。
このブログの訪問者にはアプリ収益化に興味を持っている個人開発者も多いので、公開してしまいます。参考にしてみてください。

売上の内容は次の通りです:
 ・アプリは 1 種類だが、無料版と有料版(高機能)がある
 ・無料版は「広告」による収益
 ・有料版は「販売」による収益

2011AppSales

◆ 広告収益について

売上合計を見ると広告が大部分を占めるため、こちらをもう少し細かく見てみます。

2月の広告収益がゼロになっています。これは一定金額に満たなかったため、翌月にまとめて支払われました。
広告収入は 3 月くらいまでは微々たるものでしたが、4、5 月以降に急に伸びています。この理由としては、(1)アプリで広告の見せ方を変えたという点がありますが、それ以上に、(2)この時期から企業がモバイル広告に予算を使うようになった点が挙げられるのではないかと思います。日本や海外でスマートフォンの所有者が増えたためでしょう。この時期にやっと Android アプリの個人ビジネス環境が整ってきました。

広告を載せてある無料版のダウンロード数などのデータはこうなっています。
2011FreeVerData

この 1 年間の傾向はこのような感じです。
 ・1 日平均ダウンロード数は「755」
 ・日本の「健康&フィットネス」の無料カテゴリで、概ね 50 位以内には入っている
 ・同様な機能のアプリ(体重管理)では、日本で 4 〜 5 位、世界でも 10 位以内には入っているか
 ・「小当たり」くらい?

広告収入で重要になるのは、1 日平均のダウンロード数ではないかと思います。というのも、アプリは 1 回あるいは数回使ったらもう使われなくなることがあるので、累計ダウンロード数はそれほど参考にならないのではと感じるからです。実際、11 月に 1 日平均が 436 まで落ち、翌月(12 月)の収益が大きく減っています。


◆ 収支

かかったコストといっても、大部分が自分自身の賃金です。残りは参考書くらいでしょうか。プログラミング、日英マニュアル作成、サポート対応などのトータルで、「1 か月半〜 2 か月」程度の時間です。ほとんどが 2010 年の作業であったため、現在は回収期間です。

儲かったかどうかは、自分自身の賃金をいくらに設定するかによります。今後もしばらく収益が上がりそうなので、個人ビジネスとしては何とか合格点かなとは感じています。企業がやるビジネスだとしたら、ちょっと厳しいかもしれません。


◆ 英語版は作るべきか

1 日平均ダウンロードが 755 と書きましたが、この数字が出ているのは英語版があるからでしょう。当アプリのユーザーは 7 割が海外、3 割が日本です。英語版があるかどうかがダウンロード数と広告収入にかかわってくると思います。

英語版があるのは有利ですが、作って最も苦労するとしたら英語によるユーザーサポートでしょうか。主にメールの応対です。ただし私がやり取りするメールは 1 か月に数件程度なので、それほど恐れる必要もないかもしれません。
UI の翻訳は 1 回こっきりなので、実はそれほどコストはかかりません。逆にサポートは継続的な仕事になります。英語によるサポートのコストを減らすには、サポートが要らないような設計でアプリを作るか、(恐らく次善の策ですが)あらかじめマニュアルなどを用意しておくべきでしょう。

そもそもアプリの英語版を作らない、という選択肢もあります。しかし、ダウンロード数を伸ばしたいのなら英語版は避けられませんし、開発者も今後「グローバル化」に対応しなければならないのであれば、むしろいいチャンスでしょう。小さめのアプリで英語版を作り、苦労しながら対処して実践で英語力を伸ばすというのは、将来への投資とも考えられます。


◆ 個人はアプリ開発で生活できるか

上でも書きましたが、1 年前に比べて環境はかなり良くなっています。スマートフォン所有者が増えたため、販売や広告で収益が上げやすくなりました。
月 10 万円ほど売り上げられるアプリを数本用意できれば、「大当たり」がなくても生活できるでしょう。受託開発などと組み合わせれば、それよりハードルは下がります。ちなみに私の本業は翻訳です。
また、アプリ開発は場所に縛られないので、物価の安い土地に住んで生活コストを下げるといったこともできます(最近よく聞く「ノマド」も可能です)。

以下は私の意見です。
個人開発者は企業と競争しても簡単には勝てません。そのため、やはり狙うはニッチ分野のアプリかと思います。Google Play(旧 Android Market)のカテゴリでトップクラスに入らなくても、独自性を出せればダウンロードは期待できます。
また、高機能なアプリを 1 つ作るより、機能が明確なアプリを複数作った方がよいのではと感じます。そして人気が出たものを改良していくという方法です。

以上です。


『プログラムもできない僕はこうしてアプリで月に1000万円稼いだ』
チャド・ムレタ (著), 児島 修 (翻訳)
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数年前にアメリカでトヨタ車の「急加速」が問題になりました。去年になり、結局ソフトウェアに問題はなくフロアマットや操作ミスが原因だったと結論付けられました。ところが CNN がこれについて、トヨタは以前からソフトウェアの問題を認識していたが当局に届け出ていなかった、という内容のニュースを流しました。トヨタはこれに反論しています。

日本語のニュース:
ロイター: 急加速に関する米CNN報道は「著しく不正確」=トヨタ
日本経済新聞: トヨタ、米CNNに抗議文 「間違いを無責任に放映」
ブルームバーグ: トヨタ副社長:「事実無根」−急加速の懸念示す社内メモのCNN報道で
産経新聞: トヨタ急加速認識示すメモ CNN報道 「事実無根で心外」と副社長

CNN のニュース動画:



◆ 翻訳の比較

新聞記事を見ると、トヨタは「誤訳」があるとしています。そのため CNN でニュースになった部分の原文を CNN のサイトから取得して比較してみました。CNN では慎重を期すためか、恐らく外部から得た英訳(「英訳 1」と呼ぶ)に加え、自社で 2 つの英訳(「英訳 2」「英訳 3」と呼ぶ)を作成したようです。つまり、英訳は 3 種類あります。

日本語の原文:
日本語では、「アクセルセンサ異常時全車速ACCが勝手に発進」となっています(画像の水色下線部分)。

01_orignal-J
(http://i2.cdn.turner.com/cnn/2012/images/02/26/toyotamemojapanese.pdf より取得)


英訳 1 の問題点:
まず「英訳 1」です。
「the cruise control activates by itself at full throttle when the accelerator pedal position sensor is abnormal.」と訳されています(水色下線部分)。

02_E-1
(http://i2.cdn.turner.com/cnn/2012/images/02/26/toyotamemoenglishtranslation1.pdf より取得)

日本語の「全車速」とは、「すべてのスピードの範囲」(つまり低速でも高速でも) といった意味ですが、英訳では「at full throttle」となっています。これは「アクセル全開」や「全速力」という意味なので、まったくの誤りです。実際トヨタはこの部分に反論し、「Full Range ACC」という訳語を使っています(PDF)。


英訳 2 の問題点:
次に「英訳 2 」です。これは CNN が依頼して作成した翻訳文です。
「sudden unintended acceleration due to wrong judgment made by the full speed range Adaptive Cruise Control (ACC) System when there is an abnormality with the accelerator pedal position sensor」となっています(水色下線部分)。赤下線は翻訳者のコメントです。

03_E-2
(http://i2.cdn.turner.com/cnn/2012/images/02/26/toyotamemoenglishtranslation2.pdf より取得)

日本語の「勝手に発進」が「sudden unintended acceleration」になっています。acceleration とは「加速」のことで、「発進」ではありません。


英訳 3 の問題点:
最後に「英訳 3」です。これも CNN が依頼したもののようです。
「the accelerator malfunction that caused the vehicle to accelerate on its own」となっています(水色下線部分)。
03_E-3
(http://i2.cdn.turner.com/cnn/2012/images/02/26/toyotamemoenglishtranslation3.pdf より取得)

「勝手に発進」が「to accelerate on its own」となっています。英訳 2 と同様に、accelerate とは「加速する」という意味で「発進」ではありません。しかもこの英訳は全体としても意味が違っているように思えます。


すべての翻訳に問題:
つまり、CNN は慎重を期して 3 種類の英訳を用意したのですが、そのすべてで問題があるのです。
「full throttle」、「sudden unintended acceleration」、「to accelerate on its own」といった英語だけ見ると、いかにも「意図せずアクセル全開で急加速した」という印象を受けます。


◆ 誤訳の原因

ではなぜ、このような誤訳が発生したのでしょうか。
まずはもちろん、翻訳者の「力不足」という理由が第一に挙げられるでしょう。専門外などの理由で文脈を把握できていなかった可能性もあります。

私自身が翻訳者なので、その視点から見ると、依頼者側にも問題があったことも考えられます。つまり、「急加速に関するドキュメントなので訳してくれ」と依頼した場合、翻訳者には先入観があるため、「急加速」に該当しそうな部分をそのように訳してしまったのかもしれません。


◆ グローバル時代の注意点

さて、トヨタの反論文書にこのような興味深い文言がありました。
d. Because Japanese language is so contextual, misinterpretation by those not actually
creating or using this document is possible.
(http://i2.cdn.turner.com/cnn/2012/images/02/26/toyota_response_tocnn_1.31.2012_1730[1].pdf より引用)

つまり、「日本語はコンテクストに大きく依存するため、当該ドキュメントを実際に作成または利用していない人であれば誤訳(誤解)する可能性はある」という意味です。
確かに、原文「アクセルセンサ異常時全車速ACCが勝手に発進」を読んですぐ分かる人は、日本人でもあまりいないでしょう。

私自身、技術分野の翻訳者であるため、エンジニアの書いたドキュメントを英訳することはよくあります。よく分からない日本語に遭遇することも頻繁にあります。
社内用語や部署用語というのは、内部の人間にとってはコミュニケーションを円滑化するものかもしれません。しかし、いったん社外に出るとなると、むしろコミュニケーションの阻害となります。「方言」はその地方に特有の微妙なニュアンスを伝えられますが、しかし「方言」を話さない人は理解できないと同じです。

最近は企業の「グローバル化」が叫ばれています。共通語となる英語を勉強しようという人は多いでしょう。確かに英語は重要なのですが、しかしまず「コンテクストに大きく依存する場合、外部の人に理解されにくい」ことに意識的になる必要があるのではないかと思います。

今回のトヨタの文書はそもそも社外秘なので、社外の人が分かるようには書かれていなかったのでしょう。
もし企業のグローバル化が進み、自分の書いた日本語が外国語に翻訳される可能性があるならば、コンテクストにどの程度依存しているのかという点に注意したいものです。グローバル化はまず日本語から、といったところでしょうか。

以上です。
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私が公開している Android アプリ「シンプル体重レコーダー」のダウンロード数が 50 万件を超えました!
お使いいただき、ありがとうございます。

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Android Market のグラフも、こんな具合に変わりました。
100k500k


アプリの最初のリリースは 2009 年 12 月だったので、2 年と 3 か月ほどかかって達成できました。
当時 Android はエンジニアが興味を持つ程度で、国内ではドコモから 1 機種発売されていただけでした。それが、あれよあれよという間に現在のスマートフォン人気です。

先日のニュースでは、スマートフォンの年間出荷台数が、デスクトップ、ノートブック、ネットブック、タブレットの合計数を上回ったとのことです。今後、アプリケーション開発でスマートフォン(とタブレット)の重要性がますます高まるでしょう。
技術革新のスピードも速いので、遅れずについて行きたいところです。
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