12/13 の翻訳祭では、井口耕二さんの「機械翻訳時代に翻訳者の生きる道」という講演を聴かせていただきました。
講演では最後に質疑応答の時間がありました。私は一応講演者として参加しているので、ほかの参加者の方を押しのけて質問したらまずいかなあと思いつつ、「次が最後の質問」とアナウンスされたので、思い切って手を挙げて質問してしまいました(図々しくてすみません…)。

質問は、「翻訳料金は『単価 × 処理量』で計算するのが一般的であるが、果たしてそれは絶対的な方法であるとお考えですか?」という内容です。
井口さんのご回答は、絶対的なものとは思わないが、メジャーな方法であり続けるだろう、ということでした。
(ご本人もこの質疑応答をブログ記事に書かれています)


▼「単価 × 処理量」は客観的で強力な枠組み

私も同様に考えていて、「単価 × 処理量」という方法は今後も主流であり続けると感じます。それは、「単価 × 処理量」は非常に合理的な見積もり方法だからです。

まず、誰が計算しても同じあるため、売上を正確に出せます。また単価で取引先の比較も簡単にできます。
さらに、単価ベースであればいちいち料金体系について交渉しなくても済みます。取引が楽、かつ交渉がスムーズになることの結果として、取引コストを削減できるのです。
このように、「単価 × 処理量」は客観的で強力な枠組みと言えるでしょう。


しかしこの枠組みを受け入れることのデメリットもあります。

受注者から見た場合、この計算式を使って売上を伸ばすためには、(1)単価を上げる、または(2)処理量を増やす、しかありません(このあたりは井口さんの講演でも触れられていました)。
しかし、(不況やら低価格化やらが原因で)単価を上げることは難しいため、必然的に「処理量」が注目されることになります。単価が下落するならば、その分処理量を増やさなければ、売上を維持できません。

極端な話、単価がゼロ円にまで下がったら売上は当然ゼロになって、ビジネスは成り立ちません。


▼「単価 × 処理量」以外のビジネス モデル

しかしこの「単価 × 処理量」に依らないのであれば、仮に単価がゼロ(すなわちフリー)で提供してもビジネスは成り立ちます。
一例を挙げれば、私の講演で触れた「アプリの翻訳は無料」+「アプリのマーケティングとソーシャル活動支援は有料」というフリーミアムの考え方です。仮に翻訳の売上がゼロ円でも、トータルで利益を出せるビジネス モデルです。

ただしこれは「単価 × 処理量」と比較して、取引コストが大きくなることが想像できます。
翻訳以外の部分で、面倒な交渉や見積もりが発生するでしょう。


▼やはり各個人や企業の選択か

このように「単価 × 処理量」という枠組みは絶対的なものではなく、各個人や企業で選択が可能なものであると考えます。
枠組みを手放すことによって新たなビジネス モデルを模索することもできますが、逆に、手放すことによって余計なコストが発生することもあります。
結局のところ、個人や企業の選択ということなのでしょう。


井口さんは講演で、個人の選択を強調していらっしゃいました。私も同感です。
もし強いて井口さんと私との違いを挙げるとすれば、「誰の視点で見るか?」という部分かもしれません。井口さんは徹底して「翻訳者の視点」から語られているように思えます。
私も自分自身は翻訳者であると思っているものの、必要とあればそこから少しずれた場所で活動しても構わないと考えています。


・おまけ
井口さんとは懇親会でも少しお話させていただきました。
私の、ややもすれば失礼な質問にも丁寧に回答してくださいました。直接お会いする前は少し怖そうなイメージがあったのですが、非常に温和な方でした。