先日(4/9)のTechCrunchにこのような記事が掲載されていました。

 企業が発注する大量の翻訳をクラウドから管理するCloudwordsを元Salesforceの社員らが創業
 http://jp.techcrunch.com/archives/20110408benioff-backed-cloudwords-helps-content-owners-manage-mass-translations/

興味があったので Cloudwords のサイトに行き、どのようなものか確認してみました。
簡単に言うと、ローカリゼーション・プロジェクトについて、マーケットプレース機能とプロジェクト管理機能を提供するインターネット・サービスのようです。


◆機能
もう少し具体的に主要機能を説明するとこうなります。

(1)マーケットプレース機能
ドキュメントなどのローカリゼーション(L10N)を発注したい企業と、受注したい企業をマッチングさせる機能。
個人翻訳者が参加するクラウドソーシングの翻訳とは異なり、企業と企業を結ぶ B2B のマーケットです。

(2)プロジェクト管理機能
翻訳、チェック、DTP といったワークフローの管理に加え、予算や支払まで管理できるようです。

(3)ファイル管理
翻訳メモリ、スタイルガイドといったL10Nに必要なファイルを管理できるようです。


◆メリット
このサービスを使うと、次のようなメリットがあると思われます。

(1)コストの削減
複数の L10N ベンダーから相見積を取れるらしいので、安いところに発注すればコストが削減できるでしょう。
また見積もりを取るとき、指定したベンダー以外にもランダムに 5 社まで表示されるらしいです。「偶然の出会い」があるところは面白いです。
また、ベンダーはマーケットプレースに登録するとき、5 社以上の顧客企業の推薦と、LISA や GALA といった業界団体での登録が必要なようです。

(2)プロセスの統一化
プロセスを統一化できるので、プロジェクトを円滑に進められるようです。それにより、品質の向上やコミュニケーションなどでのコスト低減が図れるでしょう。

(3)ベンダー・ロックインの回避
Cloudwords で提供するのは、マーケットプレースとプロジェクト管理のレイヤーのみです。
メモリは TMX 形式であれば扱える(リポジトリにアップロードできる)ようです。そのため特定企業が垂直統合的に提供するテクノロジーによる「ベンダー・ロックイン」を避けられる可能性は高いと思われます。


◆課題
ただし、私は 1 つ課題があるように感じます。それは「L10N プロジェクトは市場で取引できるか?」ということです。

商品が市場で取引できるためには、その商品をどこから買っても品質が(ある程度)均一であることが前提となります。Cloudwords によると、プロセスは統一化されており、訳文の品質を安定させるために必要な用語集やスタイルガイドもアップロードできるとあります。
しかし多数の翻訳者がかかわるローカリゼーションでは、(1)訳文の品質を均一化させることは難しいのと、むしろ(2)均一化された訳文だとまずい場合があります。

まず(1)訳文の品質を均一化させることは難しい、という点です。
用語集やスタイルガイドが揃っていたとしても、最終的に翻訳するのが人間であるため、どうしてもその翻訳者の技能や美意識みたいなものが混じってしまいます。これが工業製品と異なる点です。訳文を生み出す翻訳者は千差万別で、機械を使って(ほぼ)均一の製品を作れる製造業とは大きく異なる点です。それなら機械翻訳を使えばよいのではないかと思われるかもしれませんが、現在の機械翻訳ではまだ商品として十分な品質を確保できません。無論、その品質で十分なら使えますが。

また、用語集やスタイルガイドに記載されていない「暗黙のルール」も存在します。「このお客さんのこの製品ではやや直訳的な訳文が好みだ」といった類の明示できないルールで、長い取引関係の末に形成されます。
暗黙のルールが存在すると、競争入札による価格のみで決めるのは難しくなります。

次に(2)均一化された訳文だとまずい場合がある、という点です。
これは、例えば広告文の翻訳です。キャッチコピーをスタイルガイドに沿って訳した場合、果たして消費者にアピールできるでしょうか。つまりある種のドキュメントでは、むしろ均一化されない翻訳が必要になるわけです。いわば「一点物」の翻訳で、市場で取引するのは難しいでしょう。
こうした一点物は、発注元が馴染みのあるベンダーに出し、ベンダーは「いつも使っているあの翻訳者」に依頼するケースが現実には多いのではないのでしょうか。

ただし以前の記事に書いたように、品質(例えばアピールできる訳文)を落としてもよいのでコストを下げたいという選択も、もちろん可能です。


L10N プロジェクトを市場で取引する際、上記のようなハードルがあると感じます。これを乗り越えれば市場取引もうまく行くかもしれません。ただし現状では、工業製品を扱うようには行かないと思います。


注:
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