Google は Web サイトでよく見かける「Google マップ」という地図とは別に、「Google Earth」という地球儀のアプリケーションを提供しています。こちらはダウンロードしてインストールして使います。

Google Earth では、地図上に地名などの「レイヤー」を重ねて表示できます。このレイヤーの一つに昔の地図があります。つまり、現在と昔の地図とを重ね合わせ、かつてその場所に何があったのかを知ることができるわけです。古地図レイヤーの表示方法はこちらの解説が詳しいです。

古地図は何種類もあり、東京であれば、1680 年、1799 年、1858 年、1892 年が表示できます。江戸初期から明治初期にかけてでしょうか。
01_maps


例えば 1858 年の地図を見てみます。

現在の東京駅の周辺はこんな感じでした。
02_1858-tokyostation

ただ、どうしても測量の精度が関係してくるので、現在の地図と重ねても、ぴったりとはいきません

また、渋谷駅周辺は、田畑でした。「道玄坂」という地名も見えます。
03_1858-sibuya


樋口一葉の「たけくらべ」は、「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く…」という文で始まります。「たけくらべ」は 1895 年に発表されたので時代は下っていますが、1858 年の吉原を見ると、こんな感じです。
04_1858-yoshihara


赤丸で囲った部分に、小説にも出てくる「大門」があります。また「お歯ぐろ溝」というのは、周りを囲っている堀の部分です。郭内から遊女が逃げられないようにしてあったわけです。吉原の外は「田」や「畑」で、夜になると静まり返った田園の真ん中に煌々と輝く一角が見えたと想像できます。

次に 1892 年の地図を見てみます。

新橋駅はこのようになっていました。
05_1892-shimbashi


当時は新橋から秋葉原まで鉄道が通ってなかったため、品川方面から来ると、新橋が終点でした。現在の東京駅も存在しなかったのです。その代わり、新橋駅から上野駅までは、「馬車鉄道」が通っていたそうです。地図の左下の円がその駅です。しかし品川から赤羽まではすでに鉄道が通っており、(現在の)渋谷駅や新宿駅はありました。当時は渋谷あたりにはあまり人が住んでおらず、鉄道を引きやすかったようです。1925 年に秋葉原と神田の間に線路ができるまで、山手線は環状ではなかったとのことです。

他に、明治の小説に出てきそうな場所が見つかります。御茶ノ水駅の周辺はこうでした。
06_1892-ochanomizu


右下の御茶ノ水駅のすぐ北に、「高等師範学校」や「女子高等師範学校」がありました。これはそれぞれ、現在の筑波大学とお茶の水女子大学です。どちらも別の場所に移転しています。そこから北に行くと、「帝国大学」があります。これは無論、現在の東京大学です。画像の左下には「砲兵工廠」(兵器の工場)とあります。この辺りは現在、東京ドームになっています。


このように、現在と過去の地図を比べてみると、いろいろな発見があります。東京だけではなく、大阪や京都もあるようなので、試してみてください。


◆追記

最後の御茶ノ水駅近辺の 1858 年の地図はこうなっています。
07_1858-ochanomizu

34 年間で、このように変わったことがクリック一つで分かります。
 「学問所」 → 「高等師範学校」・「女子高等師範学校」
 「加州」(加賀藩)の屋敷 → 「帝国大学」
 「水戸殿」 → 「砲兵工廠」

ちなみに 100 年以上経た現在はこうです(こちらは Google マップから)。
08_2010-ochanomizu

 「高等師範学校」・「女子高等師範学校」 → 東京医科歯科大学
 「帝国大学」 → 東京大学
 「砲兵工廠」 → 後楽園・東京ドーム