本記事は翻訳ビジネスの中でも、実務翻訳のとりわけローカリゼーション分野に関する話題です。

ローカリゼーション分野では、(1)翻訳メモリ、(2)用語集、(3)スタイルガイドという 3 点セットのおかげで、訳文の標準化が進みました。これによって多数の翻訳者が作業しても、ブレの少ない翻訳文を大量に生産できます。不良品が減るので製造業で言うところの「歩留り」が高くなり、ビジネス的な点から見ると有益な方法です。
また同品質のものが得られれば、市場取引に近いことも可能になります。例えば、マニュアルの改版案件を翻訳会社が競争入札で受注し、作業時には 3 点セットを使って同品質のものを生産するケースです。ただし工業製品とは若干違うので、完全に市場で取引するのは難しいだろうとは思います(こちらに以前書きました)。

こういった状況は消費者(ソースクライアント)にとっては好ましい点が多いでしょうが、個人翻訳者にとっては「コモディティ―化」が進んだと言えるでしょう。単価の下落が伴うことが多いため、大抵の場合は好ましくはありません。コモディティーとは例えば小麦やトウモロコシで、どの個人農家が栽培したかということは問題になりません。周辺の農家から集めて混ぜこぜにし、単に「小麦」として売られるようなイメージです。つまり、生産者のブランドや差別化要因はなく、どこから買っても似たようなもの、という状態です。



個人翻訳者の取引方法としては、上記の「翻訳会社経由」があります。他にも、直接ソースクライアントと取引する「直取引」があります。また最近では「翻訳仲介サイト」で仕事をしている人も増えているようです。翻訳料金やブランドといった面から見ると、この 3 つには以下のような特徴(メリット、デメリット)があるように思えます。ここで「ブランド」とは、他の翻訳者と差別化できるような実績や能力です。

A. 翻訳会社経由
中間マージン(という表現はあまり良くないが…)が発生するので、翻訳者の取り分は少なくなる。匿名で作業するため、個人翻訳者のブランドは活用されない。ただし、継続的に発注されるレギュラー翻訳者になれば取引コストが下がるため、直接ソースクライアントに営業する場合に発生するような間接コストは少ない。

B. 直取引
中間マージンがないため、翻訳者の取り分は多い。個人翻訳者としてのブランドは活用される。ただし営業やブランド維持などの間接コストは発生する。

C. 翻訳仲介サイト
プラットフォーム利用に伴い多少の中間マージンは発生する。これまでの実績などによる個人ブランドは大いに活用される。ただし直接顧客とやり取りするため、間接コストも多少発生する。

現在のところ、個人翻訳者は上記 3 つの方法で取引しているケースが多いと思いますが、私は最近 4 つ目も有望なのではないかと思っています。すなわち、個人のブランドを表に出しつつ、翻訳会社経由で仕事を受けるという方法です。(もしかして私が知らないだけでやっている会社はあるかもしれませんが…)

D. 個人ブランドで翻訳会社経由
中間マージンは発生するが、個人ブランドによって価格を上げた分だけ料金を上乗せする。翻訳会社を経由するので、ソースクライアントへの営業などの間接コストは下げられる。

この方法であれば、翻訳者にとっても翻訳会社にとっても、従来なかったメリットが発生します。
 ・翻訳者: ブランドで差別化することにより、高い価格を設定して収益を増やす
 ・翻訳会社: 個人ブランドを借りることにより、企業の競争力と収益を向上させる

翻訳会社は、「ソースクライアントと直取引される」あるいは「個人名が分かるので引き抜かれる」と恐れるかもしれませんが、翻訳者に対して「間接コストを削減できる」というメリットを提示できれば、必ずしも引き抜かれませんし、逆に高い単価を提示してブランドを持つ個人翻訳者を引き付けられるでしょう。例えば IT 企業がイメージアップなどを狙い、有名な個人開発者を雇っておくことはよくあります。それに近い方法かと思います。
ただし訳文の「標準化」が求められるケースが多い場合なら、翻訳会社にそれほどメリットはないかもしれません。
また、翻訳仲介サイトと異なり、翻訳会社独特の強みを生かせば、「土管化」は避けられるでしょう。強みというのは、例えば品質保証(QA)や DTP などの付加価値です。

上記の 4 つを表にするとこうなります。農作物で例えると分かりやすい場合があるので、例示してあります。

111212

前述の通り、高低などの評価は主観的なので、その点をご注意ください。