私はフリーランスで主に翻訳の仕事をしています。フリーランス翻訳者が自分の仕事を説明する場合、次のような形式で表現することが多いです。
私(当社)は [ A ] 分野で [ B ] 言語の翻訳をしている。

 ・Aのカッコには「IT」、「特許」、「医薬」、「映像」といった専門分野が入る
 ・Bのカッコには「日英」、「英日」、「独日」といった言語が入る

場合によってはプログラマーも当てはまるかもしれません。

 私(当社)は [ A ] 分野で [ B ] 言語のプログラミングをしている。

 ・Aのカッコには、「Web」、「モバイル」、「組み込み」といった専門分野が入る
 ・Bのカッコには、「PHP」、「Java」、「C」といった言語が入る


言語学的に言うと、こういったスロットマシンのように入れ替え可能な言葉の関係を「パラディグマティック」(範列的)な関係と言います。上記の例では、「IT」、「特許」、「医薬」、「映像」は互いにパラディグマティックな関係です。逆に、文として直線的に並べられた言葉の隣合う関係は「シンタグマティック」(統辞的)です。上記の例では「IT分野」と「日英」の関係です。
中高の英作文で「AだけでなくBも」という表現をする場合、「not only [A] but also [B]」のような表現を勉強したことがあるかと思います。このように、決まった構文(シンタグマティックな関係)に対し、何らかの単語(パラディグマティックな関係)を当てはめる場合に使っています。

さて、フリーランス翻訳者は、最初に示した「私(当社)は [ A ] 分野で [ B ] 言語の翻訳をしている。」という構文で自己を認識したり他人に説明したりしています。この構文はとても強固で共通認識として確立しているため、ビジネスや取引がしやすくなっています。例えば翻訳会社が翻訳者を募集したり、自社(あるいは自分)の広告を出したりする場合です。この構文に当てはめればいいだけです。
しかし逆に言うと、固定的な構文を使っているため、革新的な発想が出にくいとも言えるでしょう。単語の入れ替え(パラディグマティックな変化)だけだと、ビジネスの範囲や発想が狭まってしまうのではないでしょうか。つまり、構文上の変化(シンタグマティックな変化)が必要だと感じるわけです。構文を変化させることで、何らかの付加価値を生み出せるかもしれません。

例えば翻訳業界では流行があり、ITが伸びると聞けばそこに人が動いたり、特許に需要があると聞けばそれに専門分野を変えたりする翻訳者(翻訳会社)もいます。言語を鞍替えするのは簡単ではありませんが、「英日中心だったがこれから日英をやってみよう」といった話はたまに聞きます。つまりパラディグマティックな関係のみが注目されるケースが多いのです。もっとシンタグマティックな関係(構文)に注目してみたらどうでしょうか。
私自身の例で言うとこうです。

 私は [IT] 分野で [日英] 言語の翻訳をしている。

いま個人的にUX(User eXperience)に関心があるため、このUXという言葉を構文上に組み込んでみます。

 私は [IT] 分野で [UXを考慮しつつ]、 [日英] 言語の翻訳をしている。

このように、意図的に構文自体(シンタグマティックな関係)を変化させることによって、何か新しい発想が出てくるのではと考えています。