翻訳者にとって必要な能力(competence)は何かという議論はさまざまあります。

前回の記事では、特にローカリゼーション分野におけるテクノロジー知識について部分的に取り上げました。翻訳者であれば、言語に加え、専門分野(医薬、法律、特許など)やら、コンピューター操作やら、ビジネス(経理など)やら、さまざまな知識が必要になるわけです。こういった知識は時代とともに移り変わります。

必要な知識を挙げていけばいくらでも挙げられるが、では翻訳をする上で「核」となる能力は何か、という議論があります。
翻訳理論の探求』で知られるアンソニー・ピム氏は、いろいろと皮を剥いでいって最後に残る最も小さなのもの(minimalist)として次の2つを挙げています。
- The ability to generate a series of more than one viable target text (TTI, TT2 … TTn) for a pertinent source text (ST);
- The ability to select only one viable TT from this series, quickly and with justified confidence.

 Redefining Translation Competence in an Electronic Age. In Defence of a Minimalist Approach
 http://www.erudit.org/revue/meta/2003/v/n4/008533ar.html

つまり、
 ・1つのソース・テキスト(原文)から、成立しそうなターゲット・テキスト(訳文)を複数生成できる能力
 ・そこから迅速かつ自信を持って1つだけを選び出せる能力
です。
これらが純粋に翻訳のみ(専門分野の知識などを除いた)に関わる能力であると定義しています。

例えば「hello」という英語があった場合、「こんにちは」とも「いらっしゃいませ」とも「もしもし」とも訳せます。電話をしているという状況であれば、普通は「もしもし」あたりを選ぶでしょう。

これらはなかなか興味深い定義です。例えば後者のみに目を向けると、翻訳メモリや機械翻訳が提示する訳文から1つ選ぶというのも翻訳になりそうです(好む好まないは別として)。

以上です。