ここ数年、特に海外の翻訳業界では「翻訳の品質をどう測るか?」というテーマに取り組んでいるようだ。ISO 17100を決める過程で品質に関する提案があったものの議論が紛糾して頓挫したらしく、そういった経験も踏まえつつ地道に共通認識を得ようとしているのかもしれない。(実は日本でも翻訳品質に関する議論が始まった。)

そもそも翻訳の「品質」とは何を指すのか、使う人によって異なることがある。例えば、用語集やスタイルガイドに違反してないかどうか、最終読者にとって読みやすいかどうか、などである。
そんな中、業界人や学者数人の共著による論文が2014年に出された。「What Is Quality?: A Management Discipline and the Translation Industry Get Acquainted」(Revista Tradumatica誌の12号)である。この論文では、Garvinという経済学者が提唱した5つのアプローチ(※注)を使っている。5つのアプローチとは…

 ・超越的(Transcendent approach)
 ・プロダクト・ベース(Product-based approach)
 ・ユーザー・ベース(User-based approach)
 ・生産ベース(Production-based approach)
 ・価値ベース(Value-based approach)

である。順に簡単に説明する。

1. 超越的
哲学で使われている言葉だが、経験(例えば良い文章に多く触れる)を通して培われた力で、品質の善し悪しを直観的に判断することを指すようだ。主観に基づくので、判断する人によって質の良し悪しは異なる。客観的に品質を測定するのには向いていないように思われるが、実のところ言葉の判断において、多くの経験を積んだ人による主観は重要なのではないだろうか。

2. プロダクト・ベース
製品やサービスの品質は原材料や特質によって決まるというアプローチ。品質は計測可能で、例えばGarvinは品質の高いアイスクリームには乳脂肪分が多いという例を挙げている。乳脂肪分は客観的に測定できる。このアプローチで品質を上げようと思えば当然コストも高くなる。

3. ユーザー・ベース
製品やサービスの品質は、ユーザーのニーズ、要望、好みを満たしている度合いによって決まるというアプローチ。需要側からの見方である。

4. 生産ベース
要件や仕様を満たしているかどうかで決まるというアプローチ。ユーザーを考慮するというより、あらかじめ定めた仕様にどの程度合致しているか、客観的に測るというアプローチ。供給側からの見方。(ちなみにGarvinのオリジナルではManufacturing-basedと呼ばれる。)

5. 価値ベース
費用と便益(cost and benefit)で品質を測るアプローチ。便益が費用よりもより大きければ、製品やサービスにより価値があり、その結果、品質もより高いとする。例えばプロダクト・ベースの測定で高品質と判断されても、費用が相対的に大きければ、価値ベースでは品質が高いとはされない。


確かにこの5アプローチを用いると、現在翻訳業界で言われている「品質」も分類できそうである。また「品質」を議論する際に話が噛み合わないことがある。これは、どのアプローチを指しているかが人によって違うことが原因(の1つ)であるとも考えられる。何かしらの訳文があった場合、立場の違いによって、例えば次のような反応があり得るだろう:

 ・読者(ユーザー):「『である調』は読みにくい。だから低品質」 → ユーザー・ベース
 ・クライアント:「社内スタイルガイドに従って『である調』にしてある。だから品質基準は満たしている」 → 生産ベース
 ・翻訳会社:「この納期とこの値段でできるのはここまで。だから質は十分」 → 価値ベース
 ・翻訳者:「この分野で10年の翻訳経験がある。だから品質には自信がある」 → 超越的

上記のはもちろん例であるが、こういったアプローチの違いによる品質判断の違いは、実際に日々発生しているだろう。

翻訳品質を議論する際は、「品質」が指す内容にはいくつか種類あることを少なくとも認識しておきたいと思う。


※注:Garvin論文へのリンク: http://sloanreview.mit.edu/article/what-does-product-quality-really-mean/