翻訳の仕事をするのに理論は不要だが、世の中には翻訳理論がいくつもある。その中でも比較的実務に近いとされているのが「機能主義」である。海外の専門職大学院の翻訳専攻でも、機能主義的な教育方法が用いられているようだ(日本で取り入れている大学はほとんどないだろうが…)。

機能主義はこのように説明される:
起点テクストと照らし合わせながら目標テクストを分析し,等価の有無や種類について論じるアプローチとは異なり,目標テクストの目的,つまり翻訳が何のために使われるのかに焦点を当てるのが,機能主義的アプローチと呼ばれるものです。つまり,翻訳の方法は,その翻訳がどのようなコミュニケーション目的で使われるのかによって定まるという考え方です。
(『よくわかる翻訳通訳学』p.122、ミネルヴァ書房)


この機能主義の考え方は、翻訳品質評価手法に取り入れられている。MQM、DQF、ASTMあたりが代表的であると考えられる。例えばMQMには以下のように明示されている。
Instead it adopts the “functionalist” approach that quality can be defined by how well a text meets its communicative purpose.
http://www.qt21.eu/mqm-definition/definition-2015-12-30.html


ではこの目的自体は誰が決めるかというと、翻訳の「依頼者」であるとされている。翻訳者から見れば翻訳会社(やその前にいるクライアント)になる。MQMにおける品質の定義にもそれは反映されている。
A quality translation demonstrates required accuracy and fluency for the audience and purpose and complies with all other negotiated specifications, taking into account end-user needs.
http://www.qt21.eu/mqm-definition/definition-2015-12-30.html
(仮訳: 質の高い翻訳は、読者と翻訳目的に求められる正確さと流暢さを備え、エンドユーザーのニーズを考慮しつつ、取り決められたあらゆる仕様に従っている)

依頼者との交渉で決められるのが「仕様」(specification)であるため、この部分に機能主義的アプローチが取り入れられていると思われる。しかし、よく見ると読者(audience)やエンドユーザー(end-user)といった言葉も見える。これは以前のブログ記事で紹介したGarvinの5分類の考え方も反映されているのだろう。

実のところ、海外の翻訳業界では品質に関する議論が熱い。これはISO 17100によって翻訳サービス(プロセス)に関する国際標準ができたため、次は翻訳成果物(プロダクト)の品質評価だという動きがあるからだと考えられる。MQM、DQF、ASTMの関係者はそういった国際標準の構築に向けて努力しているようだ。MQMなどの基礎部分には上記の「機能主義」の考え方がある点を把握しておくと、将来日本に入って来た際に理解もしやすいのではないだろうか。