従来の実務翻訳では、クライアント、翻訳会社、在宅翻訳者という3者が関係することが普通だった。しかし最近精度が上がったと話題の無料機械翻訳(Google翻訳など)では翻訳会社も翻訳者も不要だし、拡大しつつあるクラウドソーシングでは翻訳会社を介さずクライアントと在宅翻訳者が直取引できる。

そうなると、改めて問われるのが翻訳会社の存在意義だろう。実際、翻訳会社が「中間搾取」していると感じる在宅翻訳者もいるようだ。確かに悪徳翻訳会社も存在するだろうが、翻訳会社自体には存在意義があるし、重要な機能を果たしている。
例えばプロ野球であるが(野球を例に挙げるのは”オッサン”の証拠だと指摘されたことがあるが……)、野球がうまい人が数十人集まっただけではプロ野球は成立しない。試合のスケジュールを立てたり、スタッフを確保したり、ファンクラブを運営したり、グッズを売ったり、テレビ放映したり、道具を整備したりと、野球をビジネスとして成立させる環境を整えて初めて、プロ野球として成立する。
翻訳も同じだと思う。翻訳がうまい人がいるだけでは、実務翻訳ビジネスは成り立たない。ビジネスを支える環境あるいは仕組みが必要であり、そこで重要な役割を果たすのが翻訳会社である。また前回のブログ記事にも書いたが、私は「原文のライティングから最終読者の反応まで考える」のが翻訳(特に実務翻訳)だと考えている。そのプロセス全体を通して活動できるのは翻訳会社だ。

そこで翻訳会社の機能について、重要と思われるものを簡単に整理してみたい。便宜的にクライアント視点と翻訳者視点に分けておく。

【クライアント側から見た機能】
A. コーディネーション機能
ある翻訳案件と翻訳者とのマッチングをする機能。例えばクライアントがデータベースの翻訳を依頼した場合、IT分野でも特にデータベースに強い登録翻訳者に仕事を出す。

B. プロジェクト管理機能
翻訳プロジェクト全体の進行を管理し、クライアントには1つの窓口で対応する機能。ある程度分量がある翻訳案件では、複数人の翻訳者やスタッフが関わることがある。

C. 品質保証機能
一定以上の翻訳品質を確保する機能。例えば翻訳者が上げた訳文で見つかった誤訳、用語集違反、スタイルガイド違反などを修正する。
(※追記:ただしフリーランス翻訳者も、納品段階で品質を確保する努力はすべきだろう。)

D. 編集/校正機能
DTPやウェブページのレイアウトなど、翻訳テキストの外観を整える機能。場合によっては印刷やファイル変換まで行う。

※追記:クライアント側の知人から、翻訳会社は責任を負ってくれるため、自分にとってはその点が重要だという指摘をもらった。翻訳物の完成までを仕事とする「請負」ならではだろうか。

【翻訳者側から見た機能】
a. 営業機能
翻訳者に代わって仕事を獲得する機能。もし翻訳者がクライアントと直取引する場合、自分自身で営業しなければならない。
(翻訳単価を上げたければクライアントと直取引せよ、という話がある。私個人の経験から言っても確かに単価は上がる。しかし直取引先を開拓し、かつ維持し続けるのは非常に大変だ。営業機能は翻訳者にとってコストにもなるが、有用な機能だ)

b. 教育/サポート機能
翻訳者の作業や能力向上を支援する機能。ファイルで発生したエラーの解消、納品した訳文に対するフィードバック、ツール使用方法の説明会開催など。

ある意味、上記の機能を(全項目でないにせよ)十分に果たしていなければ、翻訳会社としては不足しているのかもしれない。



無料機械翻訳やクラウドソーシングが力を増しつつある中で、翻訳会社が特に力を入れるべきだと私が考えるのは「C. 品質保証機能」だ。というのも、無料機械翻訳やクラウドソーシングでは品質保証をしないからである。翻訳会社独特の付加価値となるはずだ。

去年の翻訳祭のセッションでも話したが、現在JTFでは翻訳品質に関するガイドラインを策定しようとしている。またISOでも翻訳品質保証の国際標準に関する議論が始まっている。
これらは翻訳品質の「ものさし」となるはずだ。各翻訳会社はこのものさしを参照にすれば、自社の独自性をより明確に打ち出せるのではないかと考える。
今後当ブログでも、JTFガイドラインや国際標準について公開できる範囲で情報を提供したいと思う。