翻訳者登録制度」は日本規格協会(JSA)によるウェブ上の情報が少ないため、さまざまな憶測を呼んでフリーランス翻訳者の不安を解消できていない。

ISO 17100と翻訳者登録制度との関係を簡単にまとめておく:
・翻訳会社がISO 17100に準拠する翻訳サービス(仮にISO案件と呼ぶ)を提供する場合、資格と力量の要件を満たした翻訳者(仮にISO翻訳者と呼ぶ)を使う必要がある。
・ISO翻訳者であるには、資格と力量を、(A)各翻訳会社に個別に確認してもらうか、(B)翻訳者登録制度を利用してJSAに確認してもらう必要がある。
・Bの場合は情報が一元化され、複数の翻訳会社に毎回確認してもらう必要がなくなる(例:毎回大学の卒業証明書を取得する必要がない)

つまり、翻訳者登録制度がどうしても必要なのは、ISO案件に関わり、かつ、翻訳会社個別の確認を避けたい翻訳者だけである。
昨日のブログ記事にも書いたが、翻訳者登録制度で登録しないと社会的に翻訳者と認めてもらえないという話ではない。あくまでISO案件に関わる場合に問題になるだけだ。そのISO案件がどの程度になるかも現時点では予想できない。



この制度について、「翻訳会社にメリットがあるのだから翻訳会社が費用負担すべきだ」という意見がある。確かに翻訳会社にメリットがあるため、その意見は理解できる。資格や力量の確認はJSAに問い合わせればよいだけなので、翻訳者から送られてきた資格や力量の資料にいちいち目を通すような手間が省けるだろう。

ただ、逆に翻訳会社には大きなデメリットがある。「優秀な翻訳者を囲い込んでおけない」ということだ。

例として、ある翻訳会社(A社)がフリーランス翻訳者(Bさん)の資格と力量を個別に確認し、ISO案件の取引を始めたとしよう。しかしBさんはA社の料金の低さや仕事量の少なさに不満を持つようになり、A社のライバルである翻訳会社(C社)と取引を始めたいと考えた。
BさんがISO翻訳者であるのは、A社による確認のみであるため、A社を離れてほかの翻訳会社とすぐ取引を始められない。確認には(証明書を用意するなど)手間がかかる。さらに、翻訳実績もA社におけるものである。例えばBさんが「C社と取引したいので実績証明を出してください」とA社には言いにくいだろう。
つまり、翻訳会社がISO翻訳者を個別に確認した場合、ロックインや退出障壁のような効果を発揮するため、優秀な翻訳者を囲い込んでおける。翻訳者が外部の翻訳者登録制度を利用していた場合、これが難しくなろうだろう。

この翻訳会社のデメリットは、逆に翻訳者のメリットである。
翻訳者は翻訳会社に囲い込まれないため、価格などの交渉力が増すだろう。「私は翻訳者登録制度を使っているため、すぐほかの翻訳会社と取引できますよ」とほのめかせる。ある意味、翻訳会社と戦うための武器を手に入れられるのだ。

まとめると、同制度では、翻訳会社には手間(例:資料に目を通す)が省けるというメリットは確かにある。しかし翻訳者を囲い込んでおけないという大きなデメリットがある。逆に、翻訳者は囲い込みを回避して交渉力を高められるというメリットがある。
だから翻訳者登録制度は、翻訳会社ではなく翻訳者により大きなメリットがあると言えるだろう。
(一番儲かるのはJSAかもしれないが…)

そのため、翻訳会社が制度の費用負担をする大きな根拠はない。最も大きなメリットを享受できるのは翻訳者であるため、やはり翻訳者が負担すべきものだと思う。



ただし、翻訳者が負担すべきだという話と、登録費用が妥当かどうかはまた別の問題だ。
最上位のAPTは2年で25,000円である。この値段は平均的なフリーランス翻訳者の1〜2日分程度の売上に相当する。

私は知らなかったのだが、川村インターナショナルのブログ記事によると「有資格翻訳者の情報は日本規格協会のWebサイト上に公開」されるということだ。日本規格協会(JSA)経由で仕事が得られるチャンスが生まれるらしい。また、この登録をもってトライアルに代える(免除する)翻訳会社も出てくる可能性があるようだ。
フリーランス翻訳者が下手なホームページを開設し、サーバー利用料で毎月1,000円(2年で24,000円)払うことを考えたら、翻訳者登録した方が仕事につながって費用対効果が高いのかもしれない。

こういったメリットと費用を勘案した上で、翻訳者登録制度を利用するかどうかを決めればよいだろう。
ちなみにJSAによると「2019年3月31日までに新規申請する場合の登録料(2年分)は無料」ということなので、もう少し情報が出揃ってから判断しても問題ないはずだ。