翻訳学の概説書としてよく読まれている『Exploring Translation Theories』によると、ローカリゼーション(L10N)翻訳の特徴は「インターナショナリゼーション」(I18N)が存在するという点にあるとされる。

この場合のI18Nとは、原文テキストをいったん多言語化しやすい形にする、といった意味である。具体的には「制限言語」のようなものを使う。
通常の翻訳では「起点言語 → 目標言語」という1段階のプロセスを経る。しかしI18Nが入った場合、

 起点言語 → I18N → 目標言語A、目標言語B、目標言語C…

という2段階のプロセスを経るというということだ。
しかし、実際には制限言語を使ってL10Nしているプロジェクトはほとんどない。また一般的にI18Nはソフトウェア開発の工程を指すことが多い。翻訳学の理論としては面白いが、現実から乖離していると言わざるを得ない。



ローカリゼーション翻訳の最大の特徴で、かつ難しさがあるのは「デジタル・メディア上のテキストを扱う」点だと思う。デジタル・メディアは紙メディアと違い、執筆や翻訳の時点でテキストが固まっている必要はない(注1)。
例えば、ソフトウェアUI上で「カートにx個の商品が入っています」という日本語原文があるとする。これを英語にする場合、xが1であるのか、それ以外であるのかで別の訳文を用意する必要がある。前者なら「1 item」だし、後者なら「2 items」などとsが付くはずだ。つまりxに入る数字によってテキストは別のものになるのだ。

上記はシンプルな1文の例だが、次のファイルを見てみよう。これは私が公開しているAndroidアプリのUI原文テキストである。



原文テキストは「Default Value」列にあり、これを例えば日本語に翻訳する。
これらのテキストは、ソフトウェア画面に表示される順に並んでいるわけではない。別々の画面のテキストが混じっている。さらに、書籍のように上から下、左から右という登場順に並んでいるわけでもない。
ソフトウェアはこれらのテキストを組み合わせて画面を構成するため、どこにどのテキストが表示されるかは、実際にソフトウェア画面(文脈)を見ないと分からない。
バラバラのテキストを組み合わせ、動的に全体を生成するのはデジタル・メディアの特徴だろう。紙メディアにそれはない。

このように、ローカリゼーション翻訳の最大の特徴と難しさがあるのは、デジタル・メディア上のテキストを扱う点にあると考える。テキストは固まっておらず、動的に生成される。
そのため、ローカリゼーションに関わる翻訳者は、テキストが表示されるメディア(すなわちソフトウェア)の特徴を十分に知っておく必要があるだろう。またソフトウェアUIの文脈を想像する力も求められる。

※注1:ここで「メディア」とは、マスメディアのことではない(例えばデジタル・メディアはYahooニュース、紙メディアは朝日新聞といった話ではない)。情報を保持するもののことを指す。