前の投稿との関連です)

ISO 17100で力量を満たす翻訳者と認定されるためには、「翻訳」の経験が必要となる。
機械翻訳(MT)の出力を編集する「ポストエディット」がその経験にカウントされるかどうかで、議論が発生している。簡単に経緯をまとめると、以下の通りとなる。

・第三者機関として登録先となる日本規格協会(JSA)は、5/31の翻訳者登録制度説明会における質疑応答で、MT出力を使うことは経験にカウントしてよい旨の回答をした。
(ただし回答に「ポストエディット」という言葉そのものはなかったように記憶している)

・これに対し、ISO 17100はポストエディットを範囲外としているため、矛盾しているという内容の指摘がなされた。確かに、以下のような記載がある。
The use of raw output from machine translation plus post-editing is outside the scope of ISO 17100:2015.
引用元:https://www.iso.org/standard/59149.html


・ところが、ISO 17100で「post-edit」の用語解説の注記を見ると、「翻訳支援ツール(CAT)上に提示されるMT出力を翻訳者が見て使うことはpost-editに該当しない」としている。以下の部分だ(下線は西野)。

2.2.4
post-edit
edit and correct machine translation output (2.2.3)

Note 1 to entry: This definition means that the post-editor will edit output automatically generated by a machine translation engine. It does not refer to a situation where a translator sees and uses a suggestion from a machine translation engine within a CAT (computer-aided translation) tool.

引用元:https://www.iso.org/obp/ui/#iso:std:iso:17100:ed-1:v1:en


JSAの回答がこの注記のことを指していると理解すると、矛盾は無いように思える。



では、これがポストエディットにならないとする理由は何なのだろうか?
私は前の投稿で、MT出力の「訳文のみ」を見て編集するか「対訳」を見て編集するかが分別基準であると考えた。
CATツールは翻訳時に使うものであり、対訳で作業することが普通だ。また、原文と訳文の両方を見比べて判断を下すこと(例:「このMT出力は原文の意味を反映していて無編集で使える」という判断)は、「翻訳」作業の一種と捉えてよいと考えたからだ。
このように、ポストエディット時に扱うのが「訳文のみ」か「対訳」かを分別基準として考えれば、すっきりと説明できると思った。



しかし、「訳文のみ」か「対訳」かという基準を持ち込まなくても、文言通りに解釈してよいのでは、という指摘を同業者から受けた。CATツール上に提示されるMT出力を使うならポストエディットではない、ということだ。
もしMT出力がまず作業前提として存在し、それを編集するならば、ポストエディットである。
一方、翻訳作業中にCATツール上にMT出力が訳文の一候補として提示されるのならば、ポストエディットではない。翻訳者は自分の頭で訳してもよいし、翻訳メモリーから既存訳を取得してもよいし、当該MT出力を利用してもよい。
要するに、MT出力が作業の「前提」なのか、単に「一候補」なのか、が分別基準となる。

確かにこの基準を用いれば私の分別基準は不要だ。
しかし問題は、その見分けが難しいという点だろう。
例えば翻訳者がCATツールで、セグメントを開くたびに毎回MT出力を自動入力させるような作業手順を採用していたとする。このケースではポストエディットと何ら違いはないように思える。



このように、ISO 17100における「ポストエディットではないもの」を判断する基準は、あるにしても適用に困難が伴うように思える。
規格といっても結局人間が作るものであるし、発案時と現在とでは状況が違う(例:MTの進歩や普及)だろうから、将来的な改訂を待つしかないのかもしれない。

ただし少なくとも、翻訳者がCATツールを使って経験を積んだ際、そこにMT出力が少し入っていたという理由でアウト(ISOの翻訳者として不適合)という判定が下されることはない、とは言えそうだ。