毎年出ているヨーロッパ翻訳業界調査の結果が今年も公開されている。
ヨーロッパは翻訳市場としては世界最大で、業界の取り組みも進んでいる面があるため、日本の翻訳業界関係者にとっても参考になる。
以下のGALAなどのウェブサイトからPDFをダウンロードできる。

2019 Language Industry Survey – Expectations and Concerns of the European Language Industry
https://www.gala-global.org/sites/default/files/uploads/pdfs/2019%20Language%20Industry%20Survey%20Report.pdf

同レポートは図表が多くて読みやすいので、気になる方は一読をお勧めする。
以下、私が個人的に気になった部分のみを取り上げたい。図はすべて同レポートからである。

◆女性が多い
今回初めて性別に関する質問が追加されたようだ。
翻訳会社、個人、教育機関(大学)、企業の翻訳部門の別に集計されており、合わせると73%が女性とのことだ。
なお図で女性は「F」、男性は「M」。



実は日本でもJTFが2017年に業界調査をし、個人翻訳者の性別を調べている。
女性が67.4%だったので、7割ほどが女性という点は日欧で共通なのかもしれない。

◆直接取引する個人が日本より多い
個人(赤線)でクライアントとの直接取引が「0%」(なし)と回答した人は12%ほどしかいない。わずかながらも直接取引している人が9割近くもいるということだ。



JTFの2017年の業界調査だと「なし」は6割近くだった。つまり日本で直接取引のある個人は4割ほどだ。
この日欧の違いがどこで生じるのかはっきりしないが、もしかしたらの翻訳分野の差が原因かもしれない。後述するように、ヨーロッパでは法務関係の翻訳案件が多い。たとえば証明書などの文書は住民個人が依頼するため、直接取引となるのかもしれない。一方で日本は産業系の翻訳の割合が大きいので、直接取引があまり発生しないのではないか。

◆分野は法務関係が多い
先ほど書いたように、ヨーロッパでは法務(Legal)や政府(Government)を対象にしている翻訳者が多い。



なお日本の個人翻訳者の場合、「ビジネス」、「工業技術」、「IT」、「医薬」、「特許」あたりが主な分野となる。これもJTF調査の結果である。
(宣伝: JTFに入会するとこういった有益な情報が得られる。翻訳者、翻訳会社、クライアント問わず、お勧めする。入会案内はこちら

◆「対応の速さ」や「柔軟さ」を重視
品質が重要なのは当然だが、それを除けばクライアントは「対応の速さ」(Responsiveness)や「柔軟さ」(Flexibility)を重視しているようだ。翻訳会社のクライアントでも個人翻訳者のクライアントでもあまり違いはない。


意外にも、「価格の安さ」(Low cost)はそれらと比べて重視されてない。

◆単価は期待ほど上がっていない
翻訳の単価は期待ほど上がっていないようだ。
たとえば2018年の場合、実際に(Real)単価が上がったと答えた翻訳会社は18%で、下がった答えた翻訳会社は28%なので、差し引きでマイナス10%という結果だった。




個人翻訳者はあまり変わっていないので、翻訳会社の方が単価で苦しんでいるのかもしれない。
ただし直前の売上(Sales)の項目を見ると、翻訳会社は伸びている。

◆日本で馴染みのないツールも使われている
翻訳会社でよく使うツールのトップ20が調査されている。


翻訳支援ツールで言うと、SDL StudioやMemoQあたりは日本でも広く導入されているので知っていた。
しかし日本ではほとんど聞かないツールも上位に入っている。ヨーロッパで好んで使われているツールがあるようだ。
私が知らないのは以下のツールだった。
  • Linguee: 欧州言語がメインの辞書(対訳コーパス)
  • Plunet: TMS(翻訳管理システム)
  • XTRF: TMS(翻訳管理システム)
  • DeepL: 欧州言語がメインの機械翻訳サービス


◆翻訳修士号は浸透せず
ヨーロッパには翻訳で修士号(EMT)が取れる学校がある。それを知っているか、知っている場合は採用時に考慮するかどうかという調査の結果だ。


知っている人は若干増えたものの、採用時に考慮する割合は逆に減っている。
即戦力であるという証明になっていないのかもしれない。比較的実用重視のEMTですらこれなので、日本はさらに厳しいだろう。


なお、過去のヨーロッパ業界調査も本ブログで取り上げている。
・ヨーロッパ翻訳業界調査2018年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5360143.html
・ヨーロッパ翻訳業界調査2017年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5211703.html
・ヨーロッパ翻訳業界調査2016年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5185598.html