rnishino

IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

翻訳/L10N

2 11月

機械翻訳で翻訳者をトレーニング

機械翻訳(MT)の発達に伴い、MTを活用する仕事も増えている。いわゆるポストエディットの仕事である。
しかし一方で、ポストエディットは絶対にしたくないと考えている翻訳者も多い。MTアレルギーのような反応をして、触ることすらしない人もいる。

私自身もポストエディットの道は考えていないが、機械翻訳自体には興味がある。
それで先日、MTが何か翻訳者の役に立たないかと考えていたところ、翻訳者のトレーニングに使えるのではないかと思った。
MTシステムを(コーパスなどで)トレーニングするのではなく、翻訳者をMTシステムでトレーニングするのである。
具体的に言うと、翻訳者が人間翻訳した後に、その訳をMT出力と見比べるのだ。自分の訳文がMTよりどのくらい優れているのか比較するのである。
重要なのは人間翻訳した「後」という点だ。「前」に見てしまうとポストエディットと変わらないし、MT出力に引きずられて良い訳文が作れないことがある。

自分自身で少し試してみたが、これは多少なりとも鍛えられそうな気がする。
訳文がMT出力とあまり変わらなければ、「俺の仕事はゼロ円翻訳に近いのか……」と反省して訳文の改善に取り組める。ここがトレーニングの中心だ。
逆にMT出力より断然優れていたら「よし、人間翻訳の価値を示せた」と安心できる。最近MTの発達が喧伝されるので、MTがすぐ背後に迫っていると不安を感じることがある。しかしMTとの距離をきちんと測れれば、健やかな気分で仕事に向き合える(と思う)。

さらに副次的なメリットがある。MTは人間がうっかりやるような見落としをまずしない点だ。
たとえば数字だ。英語原文に500000とあるのに日本語訳文で「5万」としてしまった場合でも、あとでMT出力を見て「50万」と出ていれば、間違いに気づく。
さらに自分のケースだが、原文に「through」と書いてあったのを「though」と見間違えてしまった。うーん、うーん、と考え込んでいたところ、MT出力を見ると「…を通して」などとあったので、自分の見間違いに気づいた。
翻訳技術はまずまずだが、目の良いアシスタントを無料で雇えるようなものだ。高齢化社会の福音である。

もう少し自分で使ってみて、どのような鍛錬効果があるか考察してみたいと思う。



なお、「MTトレーニング」を試すには、MTが統合されている翻訳支援システムを使う必要がある(無料のならGoogle Translator ToolkitやOmegaTなど)。
問題は、翻訳支援システムは翻訳メモリー(TM)とも一体化している点だ。TMを使う際、一般的には1文(セグメント)単位で翻訳する。そのため、1文としては妥当な訳が作れても、文章全体としてつながりのおかしな訳になることがある。TMで1文ばかりに目が行っていると、全体を把握できなくなってしまうのだ。
TMと一体化したシステムでMTトレーニングする際、特に駆け出しの翻訳者はこの「1文病」に注意が必要だと思う。
9 10月

電子書籍化が進むと翻訳書が出なくなる

「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」と期待している消費者は多い。

自分の会社で洋書の日本語翻訳出版権を取ろうと思っていろいろと調べているうちに、とりわけ翻訳書ではそのような期待は実現しないだろうと考えるようになった。
安くなるどころか、電子書籍化が進むと翻訳書は出ない、あるいは非常に出にくくなるとすら感じている。



出版社で紙版の翻訳書を1タイトル作って書店流通させようとすると、以下のようなコストがかかる。ここでは定価2,000円の本を作ると想定し、ざっとコストを計算してみる(人件費などはとりあえず除外)。

A. 取次(本の問屋)
 → 出版社から60%程度で卸す。そのためコストは40%に当たる800円。
B. 原著作権者への印税
 → 7%程度として、140円。
C. 翻訳者への印税
 → 5%程度として、100円。
D. 印刷費
 → 刷り部数や何色刷りかで大きく異なるが、仮に1部200円とする(10%)。
E. 倉庫費
 → 1部預けて毎月3円かかるとして、仮に平均24か月在庫保持で72円(3.6%)。

この場合、2,000円のうち1,312円(65.6%)がコストとなり、出版社は残りの700円弱(34.4%)から人件費や宣伝費や事務所家賃などを払うことになる。



さて、今度は電子版の翻訳書を考えてみる。
まず「D. 印刷費」と「E. 倉庫費」がかからない。そこで冒頭のように消費者が期待するのも当然だ。
ところが、そうは問屋……いや取次が卸さない。

まずは電子書籍にも「取次」がある。
さまざまな情報を合わせてみると、50%程度は電子書籍取次で取られるようだ(※出版社との力関係で異なる)。ただ、これにはその先の電子書籍書店の取り分も含まれる。
実のところ消費者と同様、電子書籍の取次も書店も「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」と考えているのだろう。そこでこの料率となっている。
(なお、取次を通さずに電子書籍書店と直接取引する方法もある)

次に「原著作権者への印税」だ。
紙版の7%程度と比べてかなり高くなっていて、20〜25%が一般的という話を聞く。3倍以上だ。事実、私が某海外出版社に問い合わせたら25%を提示された。(★末尾に追記あり)
もちろん出版社との力関係によっても違うし、原著作権者が低率を提示することもあるので、あらゆるケースでこの料率が適用されるわけではない。
ただし少なからぬ原著者が「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」と考えて印税率を高くしていることは想像できる。

さて、ここまで電子書籍の「取次」(+書店)と「原著作権者への印税」を計算すると、すでに70%を超えていることが分かる。この時点で紙本のコストを上回ってしまっているのだ。印刷費も倉庫費もなしで、だ。
ここにさらに「翻訳者への印税」が加わるなら、出版社の取り分はあまり残らないことになる。
電子書籍と紙書籍が同じ値段だったとしても利益は少ないのだ。電子書籍だからといって安くしようがない。

結局のところ、電子書籍に関わるどのプレイヤーも「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」と考え、自分の取り分を増やそうとしていると言える。
さながら大航海時代以降の欧州強国のごとく、電子書籍という「新世界」で領土を奪い合っている状況だ。
結果として、消費者の「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」という期待は実現しなくなる。

とりわけ電子版の翻訳書は「原著作権者への印税」が従来なかったほど重くのしかかる。
現在は紙の本の売れ行きが落ちてきているので、出版社としては電子版との合計で収益を確保しなければならない。
しかし電子版で利益を補えないなら、そもそもの翻訳書出版自体を止めるという選択をしても不思議はないだろう。つまり紙でも電子でも出ないのだ。

翻訳書の電子書籍は安くなるどころか、そもそも出版自体されなくなる(非常に出にくくなる)と感じるのは、このような理由からである。

(注:記事中の数字は私個人の経験によるもので、実際は取引条件などによって異なります)

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★追記(2018/10/12)
Twitterでこの数字は実際と違うという指摘をいただいた。
確かに私が問い合わせたIT系出版社では、売上ではなく「出版社受取額」の何パーセントという計算だった。そのため取次から50%を受け取ったとすると、その25%なので「12.5%」が正しい数字となる。
ご指摘に感謝するとともに、この部分について訂正したい。また本文中で「3倍」と書いたが、そこまでは高くないことになる。
20 7月

TCシンポジウム30周年記念イベント(8/27月)に登壇

今年(2018年)の8/27〜29に、テクニカルコミュニケーター(TC)協会主催の「TCシンポジウム」が開催されます。場所は「東京学芸大学 小金井キャンパス」です。

TCシンポジウムが30周年記念ということで、特別に日本翻訳連盟(JTF)と共同で、翻訳関連のパネルディスカッションが午前と午後に合計2つ企画されています。8/27(月)で、無料で参加可能とのことです。

 「TCシンポジウム30周年記念イベント」のご案内
 https://www.jtca.org/symposium/event.html

8/27当日のプログラムは、午前が「機械翻訳の活用と、生産性の向上〜生産性を上げるために本当に必要なこと〜」です。
午後が「多言語翻訳の品質評価〜国際市場で勝ち抜くための効率的な検査と評価〜」で、こちらにパネリストとして登壇します。私は主にJTFで作っている「翻訳品質評価ガイドライン」について説明します。

翻訳は翻訳者だけで完結するわけではなく、プロセス全体として考えないとうまくいかないと考えています。
テクニカルコミュニケーションは翻訳対象となる「原文」を書くステップです。原文が悪いと翻訳の質も下がることは、翻訳業界人なら日常的に経験しているでしょう。TC協会とJTFとの共同が、原文作成から翻訳に至るまでのプロセスを改善できる契機になれば意義深いことだと思います。

◆追記(7/28)
以下のページからすぐにチケットを申し込めるようです:
https://tc30.peatix.com/
23 6月

アメリカの通翻訳者の収入や就業者数予想

先日、JTFが日本の翻訳業界の調査結果を発表した(JTF会員は無料で閲覧可)。ヨーロッパでも業界調査を毎年している。

アメリカでは労働統計局が、通翻訳者の賃金や就業者数予想に関する調査を出している。

 Occupational Outlook Handbook
 Interpreters and Translators
 https://www.bls.gov/ooh/media-and-communication/interpreters-and-translators.htm

これによると、2017年における通翻訳者の年収中央値は「$47,190」らしい。1米ドル110円で計算すると、520万円ほどになる。
全体の年収中央値は「$37,690」(約415万円)なのでそれよりは高いが、ソフトウェア開発者が「$103,560」(約1,140万円)なのでその半分程度という水準である。

通翻訳者の就業者数は2016〜2026年の10年間に「18%増」という予想が出ている。
なお全職業では「7%増」、ソフトウェア開発者は「24%増」のようだ。


上記のページはしばらく前に公開されていたが、随時更新されているらしいので、たまに訪問すると新しい情報が掲載されているかもしれない。
19 6月

JTFスタイルガイドに関するアンケート回答のお願い

日本翻訳連盟(JTF)の翻訳品質委員会では、2012年から「JTF日本語標準スタイルガイド(翻訳用)」を公開しています。
現在、翻訳業界ではもちろん、ITなどほかの業界でも利用していただいています。

公開から5年が経過し利用者の幅も広がっているため、同スタイルガイドの改訂を検討しています。
そこで、改訂の参考にさせていただくためにアンケートを実施しています。

以下のページからぜひご回答ください。期間は「2018年6月29日(金)」までとなります。
https://goo.gl/forms/NMz32xydw20xi42x2



以上です。
★最新著書★
アプリ翻訳実践入門 『アプリ翻訳実践入門』
筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所・代表社員。日本翻訳連盟・理事。
プロフィールや連絡先などについてはこちらをご覧ください。
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ソフトウェアグローバリゼーション入門
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