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IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

翻訳/L10N

25 8月

翻訳メモリーの使い方を学校で教えるべきか

先週、MultiLingual誌のサイトで「Career question: Do I really need to learn Trados?」という記事が掲載された。
筆者はアメリカの大学で翻訳を教えている人で、学生から「翻訳の仕事を得るのにTradosを習得する必要があるか?」という質問をよく受けるらしい。そこで求人データなどを基にしながら、Tradosというシェアの高い製品を習得することについて考察している。
結論としては、Tradosを買えるならそれを優先するが、別のも習得したらどうか、といったことを勧めている。

私も、Tradosなどの翻訳メモリーを使う意味を知ることが重要であって、特定ツールの操作を覚えることが重要ではないと思う。
翻訳メモリーを使う意味は「訳文の再利用と共有」という点にあると考える。過去に生み出された知識(対訳)を複数人で将来的に活用するということだ(注1)。
そういった意味を理解するには、Google Translator ToolkitやOmegaTのように無料で入手できるツールで十分だと思う。



一般の人が翻訳と聞くと、有名な翻訳家が小説や映画字幕を訳すようなイメージがあるのではないか。これは「文芸翻訳」などと呼ばれる。
もちろんそういう翻訳も存在するが、現在、翻訳会社が受注する案件の大部分は「実務翻訳」と呼ばれるものである(もちろん翻訳は翻訳会社以外でも発生するが、それを差し引いても大きい)。例えば、やや古いがJTFの2005年調査結果(PDF)を見ると、売上の9割以上が実務翻訳分野(コンピューター、特許、医薬・バイオなど)である。

文芸翻訳では1人の翻訳家が1冊訳すような方法が主流だと思う。一方、現代の実務翻訳では、分野にもよるが翻訳メモリーを活用して多人数で大量の文書を翻訳することがある。

両者の違いは大きい。
日本史の解説を読むと、元寇のとき日本の武士は「やあやあ、我こそは…」と名乗りを上げて1対1で戦おうとした。対して元軍は、名乗らず集団で戦ったとされている。
文芸翻訳と実務翻訳では、これに近いという印象がある。つまり単独か分担かということである。
どちらが良いか悪いかという話ではなく、目的に応じて戦法が違うというだけだ。大量の文書を短時間のうちに翻訳するなら、複数人で分担するという戦法が適している。

もし学生が将来翻訳を仕事にする場合、需要が大きい実務翻訳分野に進む可能性が高い。その際、翻訳メモリーの知識は必須で、翻訳の授業を設けている大学なら基本的な考え方くらいは教えるべきだろう。

ところが「翻訳」と名前の付く授業のシラバスを見ても、翻訳メモリー(や実務翻訳)に触れているケースは少ない。例えば、ac.jpドメイン以下で「翻訳 シラバス」でGoogle検索(https://www.google.co.jp/search?q=翻訳+シラバス+site:ac.jp)すると、翻訳に関する授業の情報が見られる。

たまに「大学は職業訓練をする場ではない」という主張がなされることがある。しかし大学が卒業生の就職先やら就職サポートやらをホームページに載せてアピールして学生募集するのであれば、職業に関わる知識やスキルを学生に教える責任もあるだろう。
もし学生が翻訳関係の仕事に就けると期待して入学したのに、現代の実務翻訳で重要な翻訳メモリーについてすら学べないのだとしたら、実に不幸だ。

こういった現実社会の需要に目を向けない日本の大学の現状を見ると、どの翻訳メモリーを教えるべきかで悩む冒頭の状況が羨ましくさえ感じる。



【注1】
翻訳メモリーのマイナス面も同様に知っておく必要がある。
例えば、翻訳メモリーを使うと既存訳に「引きずられる」ことがある。そうなると最適な訳出ができない。また、翻訳メモリーは1文単位で対訳を格納している。1文にしか目が行かないと、文章全体が見えなくなる。
3 8月

シンガポールの翻訳業界

先月(7/21)、シンガポールのChee上級国務大臣(日本の副大臣相当)が来日し、日本翻訳連盟(JTF)と(株)翻訳センターを訪問した。私もJTF理事として同席した。

当日の様子は翻訳センターの「お知らせ」ページに掲載されている。

リンク:https://www.honyakuctr.com/news/2017/07/post-1691.php



なぜか最初に私のところに訪問の打診があったのでシンガポール政府との連絡役を務めたのだが、その過程でシンガポールの翻訳業界の状況を聞けた。
翻訳業界と言っても、実際のところはフリーランス翻訳者がほとんどで、翻訳会社は少ないようだ(外資系企業の拠点はある)。
シンガポール政府は直接フリーランスに発注することになるため、安定した品質が確保できないという悩みを抱えているらしい。
そこで日本の業界団体(JTF)が翻訳品質の向上や安定のために何をしているのか知りたいという話だった。

JTFとして関与していることとして、
・国際規格(ISO 17100など)
・ほんやく検定(ISO 17100に基づく翻訳者登録制度における試験の1つ)
といった点を挙げて紹介した。

ただ、やはり実際には各翻訳会社における努力の方がはるかに影響が大きいのではないかと思う。
日本で暮らしていると、翻訳会社が(クライアントと翻訳者との)中間に入って品質保証するのは当然のように思えるが、シンガポールの話を聞くと必ずしもそうでもないようだ。

ちなみにシンガポール政府は2014年からNational Translation Committeeを作って、官民を挙げて翻訳品質の向上に取り組んでいるらしい:
https://www.mci.gov.sg/portfolios/public-comms/what-we-do
11 7月

無料オンライン講座「JTF日本語スタイルチェッカーの基本」を公開

私が代表を務めるグローバリゼーションデザイン研究所が、オンライン講座「JTF日本語スタイルチェッカーの基本」の提供を開始しました。受講は無料です。

本講座では「JTF日本語スタイルチェッカー」の基本的な使い方を解説しています。同チェッカーの使い方を習得し、日本語ドキュメントのスタイルの改善に役立ててください。

JTF日本語スタイルチェッカーの基本

以上です。
5 7月

翻訳業界の歴史を知る本

翻訳業界はそれほど規模が大きくないため業界史が必ずしも記録されておらず、口伝えに聞くしかないこともある。

柴田耕太郎氏の『翻訳家になろう!』(2012年、青弓社)を読んだら、翻訳業界の歴史について比較的詳しい記述があった。業界の人間にとっては貴重な資料だと思う。タイトルからこの内容は想像できなかった。

例えば「翻訳団体」という節(p.19)では、日本翻訳連盟(JTF)について以下のように書かれている。
 それでも徐々に経済回復への兆しが見え始めた1981年、日本翻訳連盟がひっそりと立ち上げられた。当初のメンバーは翻訳学校の日本翻訳学院(現・フェローアカデミー)と中小の翻訳会社を合わせて、十数社だった。<略>だが84年になると、少しずつ実績を積み上げていこうと考える企業と、実力をつけるにはまず社会的な認知が必要と考える企業が対立し、後者のメンバーは同会を脱退して新たに日本翻訳協会を設立した。

日本翻訳協会(JTA)の存在は知っていたが、もともと一つだったことは初耳だった。ほかにもさまざまな翻訳会社の歴史が紹介されていて、初めて知る事実も多かった。



また、昨今はISO 17100に関連して、翻訳が専攻できる大学院が話題に出ることがある。

実は日本でも2000年代半ばに「日本翻訳大学院大学」という専門職大学院が検討された(文科省サイト)。これが結局ダメになったことは聞いていたものの、その理由までは知らなかった。しかし同書には詳しい経緯が記されていた。

それによると、大学院の設置者である「栄光ゼミナール」から柴田氏が要請を受け、申請書を書いて文科省に提出したが、それに対して修正意見が出たらしい。柴田氏は反論して再提出しようと思ったものの、当の栄光ゼミナールが申請を取り下げてしまったということのようだ。同書にはその申請書の内容も掲載されている。

それから約10年経った現在、翻訳が専攻できる大学院への期待が高まっているので、この資料は貴重だと感じる。



ちなみにGoogleブックスから一部内容が読める(こちら)ので、興味のある方は試しに閲覧してから購入すればよいだろう。
14 6月

日本翻訳連盟(JTF)の理事に就任

先日(6/7)、日本翻訳連盟(JTF)の総会で承認していただき、理事に就任しました。

JTFは翻訳会社と個人翻訳者の両者が参加している翻訳業界団体です。
私は「産業翻訳は、翻訳者による実作業だけでは完結せず、原文が書かれるところから訳文が使われるところまでのプロセス全体を対象にしなければならない」と考えています。そのため、両者が参加するJTFは大きな役割を果たすはずです。

理事としては特に「翻訳品質」に取り組みたいと思っています。
機械翻訳の精度が向上したとされている現在、「何をもって良いとするのか?」という品質基準の確立は翻訳業界にとって重要です。きちんとした品質基準がないと、翻訳成果物は一緒くたにされてしまう可能性があります。何とか日本語になっている程度の訳文も、時間をかけて丁寧に作った訳文も、十把ひとからげです(※)。
これは翻訳業界にとって悲しい事態ですが、顧客側にとっても不便が生じます。例えばお金がかかっても優れた翻訳が欲しいという場面で、選択肢を見極める手段がないのです。要するに品質基準がないと、翻訳業界自身も顧客も困るのではないかと感じます。

JTFでは今年度から「翻訳品質委員会」が始まりました。私も一委員として参加しています。
「標準スタイルガイド検討委員会」からの改称ですが、扱う範囲は広くなっています。翻訳品質の要素としては、スタイルのほかに、例えば「用語」や「流暢さ」といった要素があります。こういった品質全体を視野に入れるつもりです。

翻訳品質委員会としては、まず翻訳品質のガイドラインの策定に取り組む予定です。
ガイドラインといっても、業界全体で均一の品質を目指そうというわけではありません。何かしら「目安」や「基準」を持とうという程度です。
例えば、プロの翻訳サービスをまったく使ったことのない新規顧客がいた場合、どの程度やってもらえるのかという目安がないと、怖くて発注できないかもしれません。「無料の機械翻訳と何が違うの?」という質問にも明確に答えられません。
また業界で品質の目安があると、例えば翻訳会社Aは「うちは目安に加え、こういうことをしています」、翻訳会社Bは「うちは目安にこれとこれを追加しているので、その分料金が高いです」といったサービス展開ができます。要するに、差別化の基準として使えるわけです。
このように、ガイドラインがあると、業界全体として新規顧客を獲得したり、各翻訳会社が自社の特徴を出す手段となったりするのではと期待しています。結果として翻訳業界が活性化すればうれしいことです。
ただし、この辺りは個人的なイメージで、まだ委員会として何かを決めたわけではありません。

とりあえずの理事任期は1年ですが、上記の通りまずは「翻訳品質」について取り組みたいと考えています。


※ ちなみにISO 17100は翻訳の「サービス」が対象であり、翻訳成果物(プロダクト)そのものの品質を扱っているわけではありません。翻訳成果物については、今年からISO 21999として議論が始まります。
筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所・代表社員。日本翻訳連盟・理事。
プロフィールや連絡先などについては会社のウェブサイトをご覧ください。
著書
ソフトウェアグローバリゼーション入門
インプレス刊
『ソフトウェアグローバリゼーション入門』

達人出版会刊
『ソフトウェア・グローバリゼーション入門』


現場で困らない! ITエンジニアのための英語リーディング
『IT英語リーディング』


アプリケーションをつくる英語
紙版
『アプリケーションをつくる英語』

電子版
『アプリケーションをつくる英語』
第4回ブクログ大賞受賞】