rnishino

IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

翻訳/L10N

12 4月

翻訳品質評価ガイドラインのポイント2つ

日本翻訳連盟(JTF)から「翻訳品質評価ガイドライン」が出されて半年ほど経つ。
同ガイドラインには、一般的な感覚と必ずしも合致しない説明もあると思うので、重要なポイントを2つだけ解説したい。

(1)翻訳の「品質」の定義
品質とは「翻訳成果物が、関係者間で事前に合意した仕様を満たす程度のこと」であると定義している(同ガイドラインp. 5)。
一般的には、たとえば「直訳なら品質が低い」や「こなれた和訳なら高品質」といった考え方がある。もちろんこれは間違いというわけではない。
ただ、同ガイドラインが想定する翻訳ビジネスにおいては、こういった考え方が当てはまらないケースもある。

たとえば、翻訳を発注するクライアントには「原文が透けて見える和訳が欲しい」といったリクエストをする人もいる。要するに、原文である英文の構造が分かるような「直訳」ということだ。原文の雰囲気を感じ取りたいというのが理由かもしれない。
もしこのクライアントの要望に沿おうとするなら、"低品質"の訳文を納品することになってしまう。

また、何度か本ブログで取り上げているが「サンシャイン牧場」というゲームの例も同様だ。
これは2009年に流行したゲームで、もともと中国語だったが日本語に翻訳された。当初は日本語が変だった("低品質")ため、きちんとした日本語に直した("高品質")。しかしその変な日本語(「サン牧語」)が気に入っていたユーザーからクレームが来たという話である。

また、サン牧内の言葉は基本的に中国語の直訳になっており、日本語としてやや不自然なところも目立つ。だが、一風変わった日本語が一部では「サン牧語」と呼ばれて人気なのだという。「一度正確な日本語に訳しなおしたら、ユーザーに『戻してくれ』と言われ、戻したことがあるんです。
https://ascii.jp/elem/000/000/477/477173/index-2.html

一般的な翻訳の感覚からは考えられないが、日本語としての質を落とす方向に進んだのである。

つまり、たとえば「直訳かどうか」や「日本語としてこなれているか」といったポイントで品質を定義しようとすると、困った事態が発生する場合もあるのだ。翻訳者はわざと"低品質"の翻訳をしてしまうことになる。
だから同ガイドラインでは「その翻訳案件で目指すところ(=仕様)は関係者どうしで決めてください。その目指すところが達成できていれば高品質です」としている。
実はこの「仕様を満たす程度」を品質とする考え方は同ガイドラインのオリジナルではなく、海外においてはすでに広まりつつある考え方だ(ASTM F2575やMQM)。

(2)重大度は現実への影響
同ガイドラインでは、エラーベースの評価モデルを提示している。要するに減点方式なのだが、エラーの「重大度」に応じて減点幅が変わる。
この重大度については次のように説明している(p. 20)。

あるエラーがどのくらい重いのかを示す程度。重大かどうかは翻訳の目的(例:マニュアルなら機器を操作ができる、広告なら顧客を獲得できる)を達成できるかどうかという視点から判断する。

そして重い順に「深刻」「重度」「軽度」の分類がある。たとえば深刻は「翻訳成果物の使用が不適当となるエラー。その訳文を読んだ結果、健康被害、経済的損失、社会的な評価毀損などをもたらす可能性がある」ものだ。

訳文でたとえば数字の桁が間違っていたら、誤訳の指摘が入るだろう。桁間違いはやってはいけないミスだ。医薬品の場合だったら人命に関わることすらあるので「深刻」で不思議はない。しかし、桁間違いなら自動的にすべて「深刻」になるわけではない。
たとえば誰かの日記ブログの和訳に「自宅から500メートル先にあるコンビニに行った」とあったとする。ところが実は1桁間違えていて、本当は「50メートル」が正しかったとしよう。日記ブログを読む側からすれば、コンビニが実際に500メートル先か50メートル先かは大した問題ではない(重大な被害や損失が発生するわけではない)。そのため「軽微」という判断で問題ないだろう。

このように、翻訳の目的に照らし合わせた上で、あるエラーが現実世界に与える影響で重大度を判断することになっている。


◆背景にある「機能主義」
上記(1)と(2)の考え方の背景には、機能主義的な考え方がある。
機能主義とは、先ほども出てきたように翻訳の「目的」を重視する立場である。翻訳学では「スコポス」とも呼ばれる。たとえば機器マニュアルであれば、読者が「機器の操作を完了する」という目的が達成できるよう翻訳することである。だから現地読者に合うよう、表現などが原文から離れる場合もある。
「サン牧語」に戻した件も、「ユーザーの満足度を上げる」という目的から考えれば、機能主義的には妥当な判断だ。

機能主義は翻訳学上でも大事な概念でもあるし、海外の品質基準(MQMなど)でも前提になっているので、理解しておくと便利かもしれない。
19 12月

2/4にセミナー「JTF翻訳品質評価ガイドラインを活用する」を開催

来年2019年2月4日(月)に「JTF翻訳品質評価ガイドラインを活用する」というタイトルでJTF翻訳品質セミナーが開催されます。場所は東京です。

ウェブサイトはこちら:
https://www.jtf.jp/tq/translation_quality_seminar.html

タイトルの通り、今年11月に公開した「JTF翻訳品質評価ガイドライン」の活用方法に関する内容になります。大きく3部での構成となります。
・ガイドライン全体を説明する
・企業での利用予定事例を紹介する
・演習形式で実際に評価してみる

JTF会員の申し込みは12/19から始まっています。JTFから届いたメールをご確認ください。
会員以外の申し込みは12/26から開始となっています。上記ウェブサイトからお申し込みください。
21 11月

JTF翻訳品質評価ガイドラインを公開しました

日本翻訳連盟(JTF)から「JTF翻訳品質評価ガイドライン」が公開されました。

会員非会員を問わずどなたでも入手可能です。
ウェブサイトはこちら: https://www.jtf.jp/tq/translation_quality_guidelines.html
ガイドラインにはクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC BY)が設定されているので、著作権者などの表示という条件に従う限り、複製や改変して利用できます。
(著作権が放棄されているわけではありません)

なお、同ガイドラインに関するセミナーを2019年2月4日に開催します。
詳細はこちらのページでお知らせする予定です:
https://www.jtf.jp/tq/translation_quality_seminar.html

 ■ ■ ■ ■ ■

詳細はガイドラインを読んでいただきたいのですが、うまく説明できていないかもしれない部分について、個人的にざっくばらんに書いてみたいと思います。

◆ 経緯
これまで産業翻訳業界で「品質」について正面から議論することはあまりありませんでした。というのも、産業翻訳であっても品質の良し悪しの判断は主観的な部分を排除できないからです。翻訳の発注側も受注側も、個人としてはさまざまな経験(読書歴や業界歴など)を持っています。だから議論を始めても「こう思う人もいれば、ああ思う人もいる。仕方ない」で終わってしまう場面もよく目にしました。
しかし産業翻訳はビジネスであり、成果物の品質の改善が求められます。改善には、品質がどの程度であるのかという(可能な限り客観的な)測定や評価が必要でしょう。いつまでも「仕方ない」で終わらせるわけにはいきません。
そこでJTFは業界団体として、翻訳品質評価ガイドラインを作ることになりました。2015年に検討を開始し、ようやく今年完成したわけです。

◆ガイドラインが考える「品質」
同ガイドラインでは、ものさしそのものを1本提示し、さあこれであらゆる翻訳を測ってくれ、とやっているわけではありません。あらゆる翻訳を1つの基準で測るのは無理です。
そうではなく、「適切なものさしを作って使う方法」を示しています。
まず、事前(翻訳前)に受発注者間で合意してものさしを作ります。当然、専門分野や個別の条件によって異なるものさしができ上がるでしょう。発注者(クライアント)は自分が期待する品質が何であり、どの程度であるのかをものさしとして示せます。他方、受注者(翻訳会社や翻訳者)は何を期待されているのかがわかります。
そして事後(納品後)にそのものさしで品質の良し悪しを測定するわけです。
つまり同ガイドラインが考える「品質」とは、「受発注者間の事前合意をどの程度満たすか」ということになります。

◆特長
・国際的な方法を踏襲
本ガイドラインでは、翻訳品質評価面で進んでいる欧米の考え方をベースにしています。たとえばMQM(欧州委員会で品質評価に利用)です。
翻訳は国際ビジネスなので、日本国内だけで通用する評価方法を作っても仕方ありません。
本ガイドラインの方法は、グローバルなビジネスの場面でも違和感なく受け入れられるはずです。

・日本語独自の項目を追加
そうは言っても、ヨーロッパ言語をベースにした評価手法だと、日本語にうまく合わないことがあります。
たとえば日本語では「同音異義語」のエラーがよく発生します。こういった日本語に特徴的なエラーも扱えるようにしてあります。

・ドキュメント・タイプ別重み例を提示
前述のように、ものさしは専門分野で違ってきます。
翻訳会社で品質評価を担当している専門家何人かに聞き、ドキュメント・タイプ別(専門分野別)にエラー点数の重み例を提示しています。
あくまで例ですが、これを参考にすれば、翻訳の案件やプロジェクトに応じたものさしを作るのも(少しは)楽になるはずです。


本ガイドラインはこれで完成というわけではなく、利用者の皆さまからのフィードバックをいただいて改善を重ねたいと考えています。

以上です。
2 11月

機械翻訳で翻訳者をトレーニング

機械翻訳(MT)の発達に伴い、MTを活用する仕事も増えている。いわゆるポストエディットの仕事である。
しかし一方で、ポストエディットは絶対にしたくないと考えている翻訳者も多い。MTアレルギーのような反応をして、触ることすらしない人もいる。

私自身もポストエディットの道は考えていないが、機械翻訳自体には興味がある。
それで先日、MTが何か翻訳者の役に立たないかと考えていたところ、翻訳者のトレーニングに使えるのではないかと思った。
MTシステムを(コーパスなどで)トレーニングするのではなく、翻訳者をMTシステムでトレーニングするのである。
具体的に言うと、翻訳者が人間翻訳した後に、その訳をMT出力と見比べるのだ。自分の訳文がMTよりどのくらい優れているのか比較するのである。
重要なのは人間翻訳した「後」という点だ。「前」に見てしまうとポストエディットと変わらないし、MT出力に引きずられて良い訳文が作れないことがある。

自分自身で少し試してみたが、これは多少なりとも鍛えられそうな気がする。
訳文がMT出力とあまり変わらなければ、「俺の仕事はゼロ円翻訳に近いのか……」と反省して訳文の改善に取り組める。ここがトレーニングの中心だ。
逆にMT出力より断然優れていたら「よし、人間翻訳の価値を示せた」と安心できる。最近MTの発達が喧伝されるので、MTがすぐ背後に迫っていると不安を感じることがある。しかしMTとの距離をきちんと測れれば、健やかな気分で仕事に向き合える(と思う)。

さらに副次的なメリットがある。MTは人間がうっかりやるような見落としをまずしない点だ。
たとえば数字だ。英語原文に500000とあるのに日本語訳文で「5万」としてしまった場合でも、あとでMT出力を見て「50万」と出ていれば、間違いに気づく。
さらに自分のケースだが、原文に「through」と書いてあったのを「though」と見間違えてしまった。うーん、うーん、と考え込んでいたところ、MT出力を見ると「…を通して」などとあったので、自分の見間違いに気づいた。
翻訳技術はまずまずだが、目の良いアシスタントを無料で雇えるようなものだ。高齢化社会の福音である。

もう少し自分で使ってみて、どのような鍛錬効果があるか考察してみたいと思う。



なお、「MTトレーニング」を試すには、MTが統合されている翻訳支援システムを使う必要がある(無料のならGoogle Translator ToolkitやOmegaTなど)。
問題は、翻訳支援システムは翻訳メモリー(TM)とも一体化している点だ。TMを使う際、一般的には1文(セグメント)単位で翻訳する。そのため、1文としては妥当な訳が作れても、文章全体としてつながりのおかしな訳になることがある。TMで1文ばかりに目が行っていると、全体を把握できなくなってしまうのだ。
TMと一体化したシステムでMTトレーニングする際、特に駆け出しの翻訳者はこの「1文病」に注意が必要だと思う。
9 10月

電子書籍化が進むと翻訳書が出なくなる

「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」と期待している消費者は多い。

自分の会社で洋書の日本語翻訳出版権を取ろうと思っていろいろと調べているうちに、とりわけ翻訳書ではそのような期待は実現しないだろうと考えるようになった。
安くなるどころか、電子書籍化が進むと翻訳書は出ない、あるいは非常に出にくくなるとすら感じている。



出版社で紙版の翻訳書を1タイトル作って書店流通させようとすると、以下のようなコストがかかる。ここでは定価2,000円の本を作ると想定し、ざっとコストを計算してみる(人件費などはとりあえず除外)。

A. 取次(本の問屋)
 → 出版社から60%程度で卸す。そのためコストは40%に当たる800円。
B. 原著作権者への印税
 → 7%程度として、140円。
C. 翻訳者への印税
 → 5%程度として、100円。
D. 印刷費
 → 刷り部数や何色刷りかで大きく異なるが、仮に1部200円とする(10%)。
E. 倉庫費
 → 1部預けて毎月3円かかるとして、仮に平均24か月在庫保持で72円(3.6%)。

この場合、2,000円のうち1,312円(65.6%)がコストとなり、出版社は残りの700円弱(34.4%)から人件費や宣伝費や事務所家賃などを払うことになる。



さて、今度は電子版の翻訳書を考えてみる。
まず「D. 印刷費」と「E. 倉庫費」がかからない。そこで冒頭のように消費者が期待するのも当然だ。
ところが、そうは問屋……いや取次が卸さない。

まずは電子書籍にも「取次」がある。
さまざまな情報を合わせてみると、50%程度は電子書籍取次で取られるようだ(※出版社との力関係で異なる)。ただ、これにはその先の電子書籍書店の取り分も含まれる。
実のところ消費者と同様、電子書籍の取次も書店も「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」と考えているのだろう。そこでこの料率となっている。
(なお、取次を通さずに電子書籍書店と直接取引する方法もある)

次に「原著作権者への印税」だ。
紙版の7%程度と比べてかなり高くなっていて、20〜25%が一般的という話を聞く。3倍以上だ。事実、私が某海外出版社に問い合わせたら25%を提示された。(★末尾に追記あり)
もちろん出版社との力関係によっても違うし、原著作権者が低率を提示することもあるので、あらゆるケースでこの料率が適用されるわけではない。
ただし少なからぬ原著者が「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」と考えて印税率を高くしていることは想像できる。

さて、ここまで電子書籍の「取次」(+書店)と「原著作権者への印税」を計算すると、すでに70%を超えていることが分かる。この時点で紙本のコストを上回ってしまっているのだ。印刷費も倉庫費もなしで、だ。
ここにさらに「翻訳者への印税」が加わるなら、出版社の取り分はあまり残らないことになる。
電子書籍と紙書籍が同じ値段だったとしても利益は少ないのだ。電子書籍だからといって安くしようがない。

結局のところ、電子書籍に関わるどのプレイヤーも「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」と考え、自分の取り分を増やそうとしていると言える。
さながら大航海時代以降の欧州強国のごとく、電子書籍という「新世界」で領土を奪い合っている状況だ。
結果として、消費者の「電子書籍って、印刷費も在庫もないから、紙の本より安くなるでしょ?」という期待は実現しなくなる。

とりわけ電子版の翻訳書は「原著作権者への印税」が従来なかったほど重くのしかかる。
現在は紙の本の売れ行きが落ちてきているので、出版社としては電子版との合計で収益を確保しなければならない。
しかし電子版で利益を補えないなら、そもそもの翻訳書出版自体を止めるという選択をしても不思議はないだろう。つまり紙でも電子でも出ないのだ。

翻訳書の電子書籍は安くなるどころか、そもそも出版自体されなくなる(非常に出にくくなる)と感じるのは、このような理由からである。

(注:記事中の数字は私個人の経験によるもので、実際は取引条件などによって異なります)

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★追記(2018/10/12)
Twitterでこの数字は実際と違うという指摘をいただいた。
確かに私が問い合わせたIT系出版社では、売上ではなく「出版社受取額」の何パーセントという計算だった。そのため取次から50%を受け取ったとすると、その25%なので「12.5%」が正しい数字となる。
ご指摘に感謝するとともに、この部分について訂正したい。また本文中で「3倍」と書いたが、そこまでは高くないことになる。
★6/22発売の翻訳書★
血と汗とピクセル 『血と汗とピクセル』
筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所・代表社員。日本翻訳連盟・理事。
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