rnishino

IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

その他

29 5月

社会人向け専門職大学院を出て得られるもの

2010 年 3 月に社会人向け専門職大学院である「産業技術大学院大学」(AIIT)を修了しました。修了後 1 年少しが経過し、同期生と会うと、卒業して良かった、あるいはそこまで意味がなかった、といった話になることがあります。

社会人向け大学院で得られたと私が現時点で感じているものについてまとめます。
これは当然学校や専攻によって異なるため、必ずしも一般化できないとは思いますが、社会人向け大学院への入学を考えている方にとって多少は参考になるかと思います。ちなみに私の専攻は情報システム関係でした。


得られるもの

・知識やスキル
学校に通おうと思っている方は、これを期待している場合が多いのではないかと思います。

専門職大学院は研究型大学院よりも授業が重視されていて、実際に知識やスキルは身に付きます。私の専攻では IT 関係ですし、例えば MBA 専攻だったら経営関係の専門知識が得られるはずです。書籍のみで学ぶ場合と違い、実習が存在することもあるので、より実践的な力が伸ばせることもあります。


・人間関係の広がり
同期の修了生に聞くと、人間関係が広がったことが一番大きな利点だったと言う人が何人もいます。これは私自身も感じています。

社会人向け大学院の場合、すでに社会で活躍している人が入学してきます。別企業の人とつながりを持てたり、ほとんど会うことのない別業界の人と知り合いになれたりします。そういった人間関係から仕事を受けるといった例もあるようです。
これは、大学新卒者がほとんどである従来の研究型大学院と異なる点です。


・キャリアアップ
修了して 1 年少しですが、社会人が大学院を出たために昇進したという話はあまり聞きません。転職したという話は聞きますが、大学院卒が利いたのかどうかは不明です。ただし新卒者の場合(社会人でない学生もいる)はきちんと就職できているようです。
どうも私が知る限りだと、社会人のキャリアアップ(特に同一企業内での昇進)という点で即効性があるかどうかは疑問です。社会人はやはり仕事上の実績が重視されるのでしょうか。

ある先生によると、大学院では「転職も含めてキャリアアップできます」という触れ込みで学生を集めたいものの、そう宣伝すると企業の側が嫌がるので、なかなか大きな声で言えないとのことでした。企業が嫌がるというのもおかしな話ですが、平日夕方から授業がある社会人向け大学院の場合、残業を減らすなど企業の「配慮」が必要だからでしょう。
現在の日本企業の雇用文化が変われば、今後キャリアアップを期待して入学する人は増えるかもしれません。


・学位
大学院の修士課程を修了すると、修士号がもらえます。上記のように、社会人の場合は仕事上の実績が重視され、修士号がすぐに何か意味を成すケースは少ないかと思います。
ただし、一生使える肩書きとしては有用かもしれません。例えば私は IT 分野の翻訳者なのですが、一定水準の専門知識があるというアピールに使えます。

また最近話題の「LinkedIn」を見ると、国際的なビジネスの場面では、修士号はある程度の意味がありそうな印象を受けます。LinkedIn で他人のプロフィールを見ていると、「Ph.D」はもちろんですが「MBA」や「MS」といった修士号を肩書きに付加している例を見ます。
今後日本でも雇用流動化が進むと考える場合、従来よりは学位の有無が注目されるようになるかもしれません。



いくつか「得られるもの」を挙げましたが、私の聞いた範囲では「人間関係の広がり」が最も有用だったと言う人が多かったように思います。
大学院に行くことで得られるものはありますが、当然コストが発生します。それについても少し触れます。


コスト

・時間
AIIT では、2 年次に修士論文の代わりにプロジェクトを行います。個人とグループの活動を含めて週 18 時間費やすことが期待されています。例えば、月〜金曜まで各 2 時間、土曜に 8 時間という配分です。
これはかなりの時間です。特に忙しい有職者の場合、平日帰宅後に 2 時間取れる人は多くないでしょう。また家族のいる人は、週末の 1 日が無くなる計算です。平均的な社会人学生の場合、平日の睡眠時間はせいぜい 4〜5 時間程度だと思います。睡眠不足による仕事への悪影響も考えられます。

2 年間にわたって週 18 時間という機会費用を払うわけで、これをどう考えるかです。これだけの時間があれば、例えば残業したり、旅行したり、子供と遊んだりと、さまざまな選択肢があり得るでしょう。


・お金
学校なので、授業料がかかります。
私の通った AIIT は都立だったので、それほど高くありませんでした(入学金が 30 万円、授業料が年 50 万円ほど)。MBA だと、修了までに 300 〜 400 万円ほどかかる学校もあります。
また、教科書代やら電車代やら学生同士の飲み会代やら、細々とした出費もあります。



このように、得られるものがある半面、コストがかかります。
私の場合、十分プラスになったと感じています。まず IT 関連の知識やスキルを得ることで、例えば Android アプリを開発して販売できました。また、それまで知らなかった IT 業界の人と知り合えました。さらに、技術分野の修士号を肩書きで使えています。これらを考え合わせると、投資は十分回収できると思います。
逆に、投資したほどメリットがなかったと言う人もいます。卒業はしたものの、費やしたあの時間を仕事に使っていれば、もっと得る所は大きかっただろうという意見です。とりわけ同一企業に継続して勤務している人は、そう考える傾向にあるようです。

繰り返しですが、上記の内容は私の経験に基づく意見です。必ずしも一般化できないので、参考までとしてください。



ちなみに産業技術大学院大学には、「長期履修制度」があって、3 年かけて卒業することもできます。また「単位バンク」という制度があります。まずは科目等履修生から始め、その後正規学生になるという仕組みで、取った単位は移行できます。
ちょっとお試しで、という履修ができるので、興味のある方はどうぞ。
20 3月

自宅の地震被害と対策

東北での被害とは比べるべくもありませんが、3/11の地震で自宅(横浜)のマンションにも少し被害が出ました。
以下、その状況などについてです。

◆ 地震時の状況

自宅のパソコンで仕事をしていると揺れが始まりました。開いているファイルを急いで保存した直後、急に揺れが大きくなり、ぐわんぐわんという感じで揺さぶられました。
下の写真の左端に写っているメタルラック上にパソコンが設置してあったため、これが倒れたらまずいと思って左手で抑えました。ラック上からは本などがバラバラと落ちていきます。
同時に、デスク上に置いてある 24 インチのディスプレイ 2 枚も倒れそうでした。画面を下にして倒れると故障するかもしれないので、左手でラックを抑えつつ、右手でディスプレイを逆さに倒しました。

地震後の状況はこんな具合です。
110320_1

デスク上のディスプレイは横倒しで、灰色のパーティションも倒れてきています。電話台も壁沿いから動いてしまい、左端に写っているメタルラックからは物が落ちました。

メタルラックから落ちた物はこんな感じで床に散乱しました。足の踏み場もありません。
110320_2


実は部屋の奥にもう一つメタルラックがあって、そこには本がぎっしり入っていました。地震の最中、何とこのラックは揺れに合わせて少しずつ少しずつ移動しました。
ディスプレイと手前のメタルラックを抑えるのが精いっぱいで、奥のメタルラックは動くに任せるという状況でした。本が満載なのでこっちに倒れてきたらひとたまりもありません。地震の間はこれが一番怖かったです。

結局、奥のメタルラックは倒れなかったものの、あとで天井の傷を測ったら 80 センチくらい動いていました。
110320_3


地震後、部屋から台所に出ようとしました。しかし、クローゼット内で物が落ち、クローゼットの扉を押しあけ、廊下にまで飛び出していました。それが邪魔して台所へのドアが開きません。ドアの隙間から少しずつ物をどかしてドアを開き、何とか台所に出ました。
台所でもやはり皿やらグラスやらが落ちて割れていました。

洗面所はこんな具合です。
110320_4

棚から落ちてきた物が洗面台に入っていたり、ワイヤーの棚が崩壊して洗剤のボトル何かが散らばったりしています。

結局、私の住んでいる地域は震度 5 強だったようです。ところがマンションがやや高い階にあるため揺れが大きくなり、この程度の被害になったのではないかと感じます。


◆ 対策の結果など

地震については多少の対策をしていました。その結果について簡単に検証しようと思います。

・メタルラックの突っ張り棒
メタルラックは天井まで届くくらいの高さだったので、倒れてこないように突っ張り棒を付けていました。これは非常に役立ったようです。確かに天井に傷が付いてしまいましたが、倒れてくるラックに押しつぶされるよりはマシでしょう。

・テレビやパソコンは紐で固定
パソコンはメタルラック上で紐で固定していました。このおかげで、ラック上の他の物は落下したのに、パソコンは無事でした。また、40 インチのテレビも背面を紐で固定してありました。これも奏功して落下や転倒を免れました。


◆ 想定外に困った事柄

今回の地震では、全く想像していなかったことが家の中で起こりました。

・クローゼットや棚から物が飛び出す
地震だと、クローゼットや棚の「中」でも物が崩落します。その結果、クローゼットや棚の「外」にまで飛び出します。

・ドアが開かない
廊下にあるクローゼットや棚から物が落ちると、それが邪魔をしてドアが開かなくなります。今回は地震が昼間であり、停電もなかったので状況の確認ができましたが、夜間で停電が発生するとかなり慌てるのではないかと思います。もし火災が発生したら逃げられません。

・必要な道具までたどり着けない
扉が開かない結果、せっかく玄関先に置いておいた非常持ち出し袋まで簡単にたどり着けませんでした。また、ベランダから逃げようにも、靴の置いてある玄関まで行けません。

・ディスプレイが倒れやすい
今回分かったのは、パソコンの液晶ディスプレイは倒れやすいということです。特に海外製のディスプレイは地震など想定していないのか、転倒防止の紐をかける場所もありません。仕方ないので、少なくともデスク上からの落下は防ごうと、私は足の部分を紐でデスクに縛り付けました。


◆ 今後しておきたいこと

上記のように、想定外の困った事象が発生したので、対策を修正しました。

・ベランダに靴
玄関までたどり着けない場合、間近の出口から逃げる必要があります。そのため、普段使っていない靴をベランダに非常用として置いておくことにしました。

・寝室に懐中電灯
ライトが必要なのは夜間です。夜間に人は大抵寝ています。今まで懐中電灯は棚の中に置いてあったのですが、ベッドの隅に配置するようにしました。

・クローゼットや棚の中の物を固定
これはまだやっていないのですが、クローゼットや棚の中の物もできるだけ固定したいと思っています。あるいは少なくとも扉の外に飛び出してこないように、扉の取っ手を縛っておくことも検討しています。

・常にスリッパ
スリッパをはいていたおかげで、台所で割れた皿やグラスを踏んでも怪我をしませんでした。靴下だけだったら足を切っていたかもしれません。地震時には家の中でも足を怪我する危険があります。スリッパは常に履いているか、身近に置いておくことが望ましいのではないかと感じました。


これらは私個人の経験に基づくものです。住んでいる家によって発生し得る状況は異なるかと思います。
準備していたと思っていても、「想定外」の事象が起こる可能性はあるので、皆さんもご注意ください。
1 10月

産業としての留学生受け入れ

日本は 10 万人を超える留学生を受け入れている。2020 年には 30 万人まで増やそうとしている。しかし必要なのは、留学生の頭数を揃えるというより、留学生受け入れを産業として成り立たせようとする戦略ではないだろうか。


◆ どこから出てきた 30 万人なのか

政府は 2008 年に「留学生 30 万人計画」を立てた。2020 年を目途に 30 万人の留学生を受け入れるという計画である。その骨子はこちらの PDF ファイルから見られるが、趣旨にこうある。

日本を世界により開かれた国とし、アジア、世界との間のヒト、モノ、カネ、情報の流れを拡大する「グローバル戦略」を展開する一環として、2020年を目途に留学生受入れ 30万人を目指す。


「開かれた国」だとか「グローバル戦略」だとか、それ自体にはあまり反論できない耳触りのよい言葉が使われているが、結局それがどのように日本のためになるのか、そしてなぜ「30 万人」なのか、よく分からない。文部科学省の担当官はインタビューにこう答えている。

我が国の高等教育機関が、他の先進国と同様に、海外からの留学生の受け入れ数の水準を確保していこうとする際、現在の3%強からドイツ、フランスに届くような10%程度(つまり300万人のうちの1割≒30万人)の受入れが必要となるということになります。

また、世界の留学生市場は今後急拡大をするというレポートもあり、そのレポートでは留学生数は、2015年には500万人、2025年には700万人規模と試算されています。現在、世界の留学生数における日本の受入れシェアは約5%程度ですので、仮に中間の2020年を600万人とすれば、現在の受入れシェアを確保しようとした場合、約30万人程度の留学生を受け入れるということになります。

http://www.studyjapan.go.jp/jp/toj/toj09j.html


1 つ目の理由としては、他の先進国では留学生割合が 10% くらいだから、日本も 10%(つまり 30 万人)を目指そうということらしい。2 つ目の理由として、現在の留学生市場のシェア(5%)を維持するためには、30 万人確保する必要があるということである。いずれにしても、先進国としての面目が立たないから、頭数だけ揃えましょうということだろう。


◆ 留学生受け入れで儲ける国

たとえばオーストラリアでは、留学生受け入れが産業として成り立っている。実際、観光業と並ぶくらいの巨大な輸出産業となっているようだ(参考リンク)。

そのオーストラリア、アメリカ、イギリスなどでは、国公立大学に入学する外国人留学生は、現地人より高い授業料を払うことになる。国や大学によって異なるが、1.5 〜 3 倍程度にはなる。金額で言うと、年間 100 〜 200 万円くらいだろう。逆に学生 1 人あたりに投入される税金は、オーストラリアで 77 万円、イギリスで 97 万円、アメリカで 104 万円である(参考リンク:PDF)。少なくともこの 3 か国では、費用(投じられる税金)と収益(支払われる授業料)を比較した場合、国立大学でも留学生から十分儲けていそうである。


◆ 留学生受け入れは産業になるか

最初に述べたように、日本には 30 万人を受け入れる計画がある。しかし 30 万人という数字は単に「先進国としての面目」を立てることが主目的のように思えて仕方ない。産業として成り立たせて儲けようという発想はなさそうだ。

だが上記の通り、産業として成り立たせている国は存在する。たとえばオーストラリアでは毎月留学生数の統計を調査・発表したり、留学生出身国の経済・社会状況のレポートを出したりしている。留学生というお客様(特にお金を出してくれそうな国の学生)を獲得するために、マーケットの動向を調査しているのだ。


単に「日本に来てくださいね」というだけではなく、オーストラリアのように徹底的にマーケットの調査をし、顧客(留学生)を知り、サービスを向上させることで、儲かる産業を目指すことが必要ではないかと思う。30 万人などの数字は、その結果として付いてくるものではないだろうか。

15 8月

ソ連軍を迎え撃つこと

終戦記念日のゴタゴタに便乗して、第二次大戦のことについて書こうと思う。「平和の大切さ」みたいなのを語るのも気恥ずかしいので、祖父の経験について事実だけを少し記述する。僕が小学生の頃(20 年以上前)に聞いた話なので、記憶も薄れかけているが、ブログにでも記しておかないと永遠に消えてしまうだろうから、思い出せる範囲で書いてみる。

祖父は徴兵され、終戦間際は満州にいた。計算すると、当時は恐らく 20〜22 歳だったと思う。確か「第 800 大隊」と言っていた。調べてみると、確かにそのような部隊があったらしい(参考)。第 4 軍直轄の独立混成第 136 旅団に属していて、終戦時には「嫩江」という場所にいたとのことだ(Google Maps)。

ご存知のとおり、終戦間際にソ連は日本に宣戦布告(1945 年 8 月 8 日)し、満州に侵攻した。戦力で見るとソ連軍の方が圧倒的に上で、日本軍は後退するしかなかったようだ。この辺りは Wikipedia の「ソ連対日参戦」に詳しい。

ソ連を迎え撃たなければならないが、まともに戦ってはとても勝てない。そこで祖父は爆弾を渡された。そしてソ連軍が通りそうな道に穴を掘り、その中に身を潜め、敵が通過するのを待った。要するに、戦車か何かが穴の上を通ったら自爆せよ、ということだ。戦車は外側の装甲は堅いが、床の部分は弱いという話だったらしい。

この穴の中で祖父は爆弾を抱え、待機していた。どのような気持ちで待っていたのか、いくらでも想像はできるが、しかし実感することは不可能である。ここで僕が勝手に解釈するのは止めておこう。

そのように穴の中でしばらく身を潜めていたが、結局爆弾を使うことはなかった。ソ連軍が通過する前に終戦(8 月 15 日)になったらしい。降伏した日本軍の兵士はソ連軍の捕虜となり、シベリアに移送された。「シベリア抑留」である。祖父もシベリアに送られた。

具体的にシベリアのどの辺りに抑留されていたのかは分からない。しかしやはり環境は厳しかったようだ。冬の朝、目が覚めると隣に寝ていた戦友が凍死していたこともあった。その他、断片的に聞いて覚えている捕虜生活の話をいくつか挙げておく。


  • 食料を運んでいる貨車(または食料倉庫)で作業していたとき、股引とズボンの間に食料を隠して持ち帰り、宿舎で分けて食べた。

  • 捕虜の作業をソ連兵が監視するのだが、中には酷い監視兵もいたらしい。そのような兵士を捕虜みんなで洞窟かどこかに連れ込んで殺害し、埋めたことがあった。捕虜もただやられていたわけではないようだ。

  • 外で作業をしていると、現地の子供と話すこともあった。子供が「日本には太陽があるか?」と聞くので「あるある、日本には 2 つもあるぞ」などと冗談を言った。簡単なロシア語は分かるようになったらしい。

  • 「働かざるもの食うべからず」など、共産主義の考え方を叩き込まれた。



そのような抑留生活を何年か送っていたが、夏にブーツを脱いで農作業をしていたところ、足に木か何かが刺さって怪我をして働けなくなった。また以前から内臓の疾患もあったらしく、日本に帰されることになった。帰国の船は確か、舞鶴港に入ったと記憶している。


今思い出せる祖父の話は、以上の通りである。
終戦がほんの数日遅れていたら、ソ連軍は祖父が待機する穴の上を通過していたはずである。そうなれば、祖父は自決していただろうし、当然今の僕はいない。自分の存在が歴史の偶然に左右され得ていたというのは、不思議なことだと思う。
21 7月

Q. アメリカに留学して現地で働きたい。現在30歳、貯金300万円、TOEIC730点

借金まみれの現状を見ると、日本を脱出して海外で暮らしたいという気持ちもよく分かる(ただしマイノリティーとして生きる覚悟は必要だ)。しかも今は数年前に比べたらかなりの円高。このチャンスを活かしてアメリカに留学し、現地で何とか仕事を得られないかと考えている人もいるだろう。既得権益層の自己保身のしわ寄せを受けた「就職氷河期」に当たる世代は、不満を持ちつつも会社員生活を送っているかもしれない。現実逃避の留学というのは好ましくないだろうが、しかし向上心を抑圧したくはない。

A. 例えば、1 学年(9 か月)留学してコースを終了し、OPT で 1 年間働くという選択肢があります。



まず「OPT」の説明が必要だろう。これは「Optional Practical Training」の略で、任意選択の実践トレーニングのことだ。留学生が特定の課程を修了すると、学んだことを実践するために 1 年間の労働が許可されるという仕組みである。特定の課程とは、例えば学士課程や修士課程などである。詳しくは「OPT 留学」あたりのキーワードで検索。

30 歳くらいの大卒会社員がアメリカ留学を考える場合、まず MBA あたりが思い浮かぶだろう。しかしアメリカの MBA 課程は 2 年間が多く、費用も非常に高い。2 年間の授業料と生活費で 1,000 万円くらいは見積もっておかなければならないかもしれない。貯まるまで待っていたら、円高のチャンスを逃す上に、いたずらに歳を取ってしまう。大学に編入する手もあるが、こちらも修了まで 2 〜 3 年。しかも TOEFL が必要で、とてもスピーキングやライティングまで勉強する時間がない……などという悩みもあるかもしれない。貯金の金額も考えたら、1 年で終わる便利なコースはないのだろうか?

そんな便利なコースが、実はある。いやむしろ、そういうニーズを満たすために作られたのではないかと思えるコースがあるのだ。いくつか挙げてみる。


◆ カリフォルニア大学リバーサイド校(UC Riverside)エクステンション

※「エクステンション」とは課外講座や公開講座のこと。

Academic Year Certificate Programs(AYCP)
http://www.iep.ucr.edu/programs/aycp/

1 学年の修了証プログラム。まさに OPT を前提にしたコースであるとしか思えない。

・期間: 9 か月(9 月〜翌年 6 月)
・授業料: 14,850 ドル(1 ドル 90 円で約 134 万円)
・英語力: TOEIC 700 点以上
・専攻: 経営管理、マーケティング、物流とサプライチェーン、プロジェクト管理、インテリア デザインなど

Postgraduate Diploma in Management(PGDM)
http://www.iep.ucr.edu/programs/postgrad-management.html

1 学年の修了証(Diploma)プログラム。もちろん OPT の対象(期間の短い Certificate プログラムは対象外)。最初の 3 か月でマネジメントの入門的な授業、次の 3 か月で専門的な授業、最後の 3 か月がインターン(無給)に当てられている。インターン後に OPT に入れるため、アメリカの職場に慣れるには便利だ。

・期間: 9 か月(年 4 回入学機会)
・授業料: 14,850 ドル(1 ドル 90 円で約 134 万円)
・英語力: TOEIC 700 点以上
・資格: 大卒か、同等の経験

生活費だが、月 15 万円程度に抑えられれば 9 か月で 135 万円。授業料と合わせて何とか 300 万円以内で修了できる。寮もある。
ちなみにリバーサイドはロサンゼルスから電車や車で東に 1 時間くらい行った場所にあるらしい。生活費が少し安くなるかもしれないが、インターン企業がやや少なそうなところが難点か。


◆ カリフォルニア大学アーバイン校(UC Irvine)エクステンション

International Certificate Programs
http://unex.uci.edu/international/certificates/overview.aspx

専攻授業 3 か月 + インターン 3 か月の修了証プログラム。9 か月という要件を満たすために、3 ヶ月間の専攻授業を複数回取る必要がある。

・期間: 3 か月(年 4 回入学機会)
・授業料: 専攻授業 6,500 ドル、インターン 1,650 ドル。専攻授業を 2 回、インターンを 1 回取ると合計 14,650 ドル(1 ドル 90 円で約 132 万円)
・英語力: TOEIC 710 点以上
・資格: 大卒か、専門分野での経験
・専攻: 経営管理、通信システム設計工学、国際ビジネス業務と管理、国際金融、国際ツーリズムとホテル管理、マーケティング、など

こちらも生活費を月 15 万程度に抑えられれば、9 か月で 300 万円以内になる。寮もある。アーバインはリバーサイドと比べると都会らしく、ロサンゼルスにも比較的近い。インターン企業も有名企業が多い。


上記の 2 校は一例で、他にも OPT を前提としたコースはいくつもある。UC Berkeley にもあるし、シリコンバレーの UCSC にもある。エンジニアであればシリコンバレーもいいかもしれない。もちろん、カリフォルニア大学以外でも提供しているが、なぜかカリフォルニア大学のエクステンションが積極的だ。

OPT の情報を検索するときは、例えば「"Optional Practical Training" Certificate」のような検索キーワードがよいだろう。修了証コースは短い期間のものが多いからだ。また検索でヒットしたら、OPT 情報をサイトに載せていて、留学生の受け入れが積極的な学校が望ましいのではないだろうか。


:この情報は本記事の作成時点のものです。もし誤りが見つかったらコメントをいただければ幸いです。
★6/22発売の翻訳書★
血と汗とピクセル 『血と汗とピクセル』
筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者。合同会社グローバリゼーションデザイン研究所・代表社員。日本翻訳連盟・理事。
プロフィールや連絡先などについてはこちらをご覧ください。
Twitterアカウント
RSS フィード
著書
アプリ翻訳実践入門
『アプリ翻訳実践入門』


ソフトウェアグローバリゼーション入門
インプレス刊
『ソフトウェアグローバリゼーション入門』

達人出版会刊
『ソフトウェア・グローバリゼーション入門』


英語語源が魔術に変わる世界では
『英語語源が魔術に変わる世界では』


現場で困らない! ITエンジニアのための英語リーディング
『IT英語リーディング』


アプリケーションをつくる英語
紙版
『アプリケーションをつくる英語』

電子版
『アプリケーションをつくる英語』
第4回ブクログ大賞受賞】