IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

自社で出版事業をしており、今月「プログラミング英語教本」という書籍(電子+紙)を出した。

いま出版事業をやろうと思ったら紙版だけではビジネス的に厳しく、電子版も出す必要がある。紙版の場合、一般的に版面のレイアウトはページごとに実施する。ところが電子版では、ページというより、画面に合わせて文字数が変わる点(リフロー)を考慮しなければならない。

Kindle本を買うと、よく「固定レイアウト」になっている書籍がある。あれは紙版を先に作ってページ単位でレイアウトしたため、リフロー対応していない(できていない)ということである。しない大きな理由の1つはコストで、ただでさえ売上が減りつつある書籍で、2度レイアウト費用を捻出するのは厳しいのかもしれない。

そこで紙版を作ってから電子化するのではなく、逆にまず電子版を作り、それを紙版にも対応させると考えたときに出てくるのが、「CSS組版」という方法である。名前の通り、ウェブページ制作で用いるCSSを使って印刷用に組版をする。

今回の自社書籍で、この「まず電子版、そこから紙版」というフローを採用した。紙書籍の売上が厳しくなりつつあるという出版状況を考えると、従来とは逆となる、こういったフローを採用する出版社は増えるような気もする。



今回の作業フローは以下の通りだった。

1. 原稿をテキスト・ファイル(.txt)で作る
2. そこから電子書籍となるePubを作る。ePubはHTML+CSSなので、まずここでCSSでのレイアウトが発生する
3. このePubから、他の形式の電子書籍(Kindle、PDF)も生成する
4. 続いて紙書籍向けにePubのCSSを少し修正する(ページ番号追加など)
5. そのePubから印刷用PDFを生成する
6. 印刷用PDFを印刷所に送って印刷してもらう(カバーなどは別途作る必要)

このうち、ステップ4〜5で使うのがCSS組版用のソフトウェアである。今回は無償で提供され、日本語処理も考慮されている「Vivliostyle」を使わせていただいた。



上記のフローで作った電子書籍(ePub)と印刷用PDFとを比較してみる。たとえば目次を見ると、ePubでは以下のようになっている。リフローなので、章タイトル対して固定的なページ番号は表示されていない。章タイトルをクリック(タッチ)すれば該当部分にジャンプする。

epub

一方で、CSS組版をした印刷用PDFを見ると、章タイトルの右にきちんとページ番号が挿入されている。紙書籍であればページ番号は必須である。

pdf-print

このように、大部分が同一のCSSを使って、リフロー型電子書籍も紙書籍も作れるのがCSS組版のメリットである。「まず電子版、そこから紙版」というフローにも対応できる。

もちろん、あらゆる利用場面でCSS組版が有利なわけではないし、できないことはある。たとえば複雑になりがちな雑誌のレイアウトには向かないかもしれない。しかし書籍のように、文字が主体で流し込んでレイアウトできるようなケースでは利用を検討してもよいだろう。

なおVivliostyleのウェブサイトにはいくつかサンプルが掲載されている。これを見ると、何ができるのかがよく分かる。
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2017年10月に、翻訳業界調査をしているNimdzi社のRenato Beninatto氏らが「The General Theory of the Translation Company」(翻訳会社の一般理論)という書籍を出した。当時(海外の)業界ではそこそこ話題になっていたが、やっと最近読み終わった。




名前の通り、同書では「翻訳会社」の機能や仕組みを解説している。1枚の図で表すとこうである(同書より引用)。



まず中央の黄色い部分が翻訳会社の中核機能(Core Functions)である。これには3つが挙げられている。

 ・ベンダー管理(Vendor Management)
  ※ここでベンダーとは発注先(フリーランス翻訳者や翻訳会社)
 ・プロジェクト管理(Project Management)
 ・営業(Sales)

また、その外側にあるのが支援活動(Support Activities)で、8つ挙げられている(図だとやや文字が読みにくい)。

 ・経営(Management)
 ・企業組織(Structure)
 ・企業文化(Culture)
 ・財務(Finance)
 ・施設(Facilities)
 ・人的資源(Human Resources)
 ・テクノロジー(Technology)
 ・言語品質保証(Language Quality Assurance)

一番外側にあるのは、市場に影響を与えるもの(Market Influencers)である。

 ・新規参入者(New Entrants)
 ・顧客(Customers)
 ・代替品(Substitutes)
 ・競合他社(Rivalry)
 ・供給業者(Suppliers)



翻訳会社の機能については、以前自分のブログ記事でもまとめたことがあった(同じ2017年の1月だった)。見出しだけまとめる。

 【クライアント側から見た機能】
  A. コーディネーション機能
  B. プロジェクト管理機能
  C. 品質保証機能
  D. 編集/校正機能

 【翻訳者側から見た機能】
  a. 営業機能
  b. 教育/サポート機能

こう見ると、Beninatto氏らの言う中核機能と支援活動に該当するものが含まれている。

 ・ベンダー管理 → A. コーディネーション機能
 ・プロジェクト管理 → B. プロジェクト管理機能
 ・テクノロジー → (一部)b. 教育/サポート機能
 ・言語品質保証 → C. 品質保証機能

一般的な企業でも必要な「企業文化」や「財務」などを除くと、翻訳会社特有の機能についてはかなり認識は一致しているように思える。



ただし「品質保証」については異論がある。

Beninatto氏らが品質保証を(中核機能ではなく)支援活動に入れているのは、品質保証が付加価値を生み出さないからというのが理由だ。どの会社でも「高品質」をうたうため、それは差別化要因にならない。例として配管工事が挙げられていた。配管工事を依頼したらきちんと直るのが当然であり、翻訳もそれと同じだという話らしい。

これは品質のうち「当たり前品質」しか見ていないのだと思う。当たり前品質とは「不充足だと不満、充足されて当たり前」(参考)という品質である。確かにそういう面もあるが、翻訳には「不充足でも仕方がない(不満には思わない)が、充足されれば満足」(参考)という「魅力品質」の面もある。たとえばゲームの翻訳が素晴らしく、世界観に引き込まれるようなケースだ。こういう翻訳は明らかに差別化要因になる。



しかし「当たり前品質」こそを品質とみなすのは、グローバルな翻訳ビジネスでは当然なのかもしれない。
同書では、翻訳業界を次のような階層構造として見ている。

(同書より引用)

つまり、一番上にクライアント(LSB)がおり、その下に多言語翻訳会社(MMLSPやMLSP)がいる。さらに下に各地域の多言語翻訳会社(RMLSP)、その下に単言語翻訳会社(SLSP)、そして翻訳実作業をするフリーランス翻訳者(CLP)がいる。

こういう階層構造を想定すれば、下から上まで一貫した品質の翻訳が求められる。ある意味、自動車のような工業製品に近い。用語集などで仕様をがっちり固め、それを守る。下流で部品を上流に納品し、それを組み立ててさらに上流に納品する。仕様を守ることで完成品の品質は安定する。だから多言語を扱う中で、ある言語だけ「魅力的品質」を備えていたら、むしろ品質管理に困る。安定した品質が求められる大量生産の工業製品においては、いち職人の名人芸は面倒を増やす。

翻訳の部品化は良い悪いという話ではなく、階層構造を持つグローバルな翻訳ビジネスを想定するのであれば、当たり前の現実なのかもしれない。
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毎年出されている「ヨーロッパ翻訳業界調査」の2020年版が公開されている。

EUROPEAN LANGUAGE INDUSTRY SURVEY 2020: BEFORE & AFTER COVID-19
http://fit-europe-rc.org/wp-content/uploads/2020/04/Final-webinar-presentation-1.pdf(PDFファイル)

例年とは違い、今回公開されているのは完全なレポートではなく、ウェビナーのスライドである。そのせいか、例年より情報量が少なく読みにくく感じる(なおウェビナー録画はこちらから閲覧できるらしい)。また新型コロナの影響に関する質問項目も多い。

★追記:こちらで完全なレポート(PDF)が公開された(6/12)

ここでは私が個人的に興味を持った点を取り上げてみたい。

▼個人翻訳者のストレス要因(p. 14)


支払いや単価(Pay/rates)は大きなストレス要因になっているが、技術変化(Technological change)はさほどストレスになっていないようだ。
MTを使う翻訳者も増えているはずだが、MT使用にストレスを感じている人はそこまで多くないのかもしれない(p. 16には35%がMTはストレスだと回答)。


▼個人翻訳者のTMやMTの使用状況(p. 15)


TM、自動QAツール、MTの使用状況のグラフである。
図に説明がないので見方がよくわからないが、パッと見で足すと100%くらいになるので、使っている人のみが回答しているのかもしれない。
意外に自動QAツールが普及しているという印象があった。


▼トレンド(p. 16)


個人も翻訳会社も、やはりMT(MTPE)が一番のトレンドのようだ。
左の図を見ると、翻訳会社よりむしろ個人がMTPEに関心を持っているのかもしれない。


▼翻訳修士号(EMT)の知名度(p. 18)


これは毎年調査されている項目である。
しかしここ5年間ずっと「知らない」(No)が約5割で、「知っていて採用時に考慮する」(Yes, take it into account)は1割程度である。要するに知名度も上がっていないし、採用に大きく有利になるわけではない。
これは、大学が業界のニーズに応えられていないということではないだろうか?
業界が求めるような教育を提供できていないため、知名度は上がらないし、知っていても採用時に考慮されない。

日本でもこのEMTコンピテンス枠組み(PDFリンク)を参照する大学があるようだ。しかしこの調査結果を見ると、大学内輪の自己満足に陥っていないか検証した方がよいのではないかとも感じる。


▼新型コロナに関連したフリーランスへの経済的支援(p. 22)


半数くらいの国でフリーランスへの支援があるようだ。
日本でも「持続化給付金」があり、給付のハードルはそれほど高くないので、対象者かどうか確認しておきたいところである。



前年までの調査に関するブログ記事は以下の通りである。
・ヨーロッパ翻訳業界調査2019年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5472077.html
・ヨーロッパ翻訳業界調査2018年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5360143.html
・ヨーロッパ翻訳業界調査2017年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5211703.html
・ヨーロッパ翻訳業界調査2016年版を読む
 http://blog.nishinos.com/archives/5185598.html
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