rnishino

IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

22 11月

数字で測って比べる不幸

ここ何年かの間、「翻訳の品質とは何か?」、「それをどう測定できるのか?」という問題に取り組んできた。一応の結論として「JTF翻訳品質評価ガイドライン」という形で公開できた。

もちろん一直線に結論に到達したわけではなく、悩ましい問題もあった。従来、業界では「翻訳品質はエラーの数で測る」という手法が広く用いられてきた。たとえば用語集違反が1つあれば、それに深刻度を掛けて点数にする。点数を合計し、低ければ高品質とする考え方だ。出るのは数字だし、他と比較も可能なので、客観性のある方法だと考えられている。

しかし、そもそも翻訳の良し悪しをエラー数だけで測ってよいのかという疑問はあった(記事)。たとえば広告の場合、用語集やスタイルガイドに違反した(=エラー)としても、最終読者の心を動かすような訳文に仕上げたほうが、発注者も翻訳者もうれしいはずだ。そのため上記ガイドラインでは「適切な場面では、主観評価なども組み入れて評価しましょう」といった主張になっている。

◆ 代用特性とは

何かの品質特性(上記なら翻訳の良し悪し)を直接的に測るのが難しい場合、代わりに別のもの(上記ならエラー数)で測る。品質管理分野ではこの別のものを「代用特性」と呼ぶ。たとえばQC検定4級のテキストにはこう説明されている。
要求される品質特性を直接測定することが困難な場合、同等又は近似の評価として用いる他の品質特性。

「品質管理検定(QC検定)4級の手引き Ver.3.1」p. 40(https://webdesk.jsa.or.jp/pdf/qc/md_4611.pdf


実はこの説明の末尾に重要な一文が書かれている。
代用特性は、要求される品質特性を直接測定しているわけではありません。したがって、要求される品質特性と代用特性との関係を十分に確認することが必要です。

要するに、本当に図りたい品質をその代用特性で測れているのか、その代用特性は妥当なのか、という疑問を常に持てという話である。また、単に測りやすいからという理由で、ある代用特性を利用するのも望ましくないだろう。

翻訳業界で代用特性が使われる場面は、上記のエラー数以外にもある。一例を挙げると「TOEICの点数で機械翻訳の質を測る」ケースである。詳しい測り方はこちらの記事で説明しているが、私も含めて多くの翻訳者は批判的に捉えている。品質特性(=翻訳の質)と代用特性(=TOEIC点数)との間に十分な関係がないのではということである(外国語ができるだけでは翻訳はできない)。

しかしながら、最初に挙げたエラー評価も、TOEIC点数による機械翻訳システム評価も、疑問を持つことなく使われることが多い。あるいは疑問を持ちつつも、仕方なく使っているのかもしれない。というのも数字で出すと比較が容易であるし、客観性があると思われて人を説得しやすいからである。このとき”客観性”という錦の御旗に隠されてしまうのが、上で説明した代用特性の妥当さである。

数字で測って比べるのは客観性があるのかもしれないが、その結果、本当に測りたいものが測れていないのであれば残念なことである。



よく考えてみると、人生や社会生活の中でも、代用特性の妥当さをよく考えないまま使ってしまい、結果的に不幸になるケースはありそうだ。

たとえば、学校の良し悪しに「偏差値」を、就職先企業の良し悪しに「年収」を代用特性として使ってしまうような場合である。どちらも数字なので客観性があって説得力はありそうだし、ほかとの比較も簡単だ。そういった代用特性を何も考えずに使って入学先や就職先を判断してしまうと、人によっては悲しい境遇に陥ることになるだろう。



数字で測って比べるのは、客観性があり説得力もある。しかしその数字が代用特性である場合、真に測りたい品質特性との関係は十分なのか、妥当であるのかを常に意識しておきたいものである。


29 10月

翻訳業界調査に回答すると結果がもらえる

現在、JTF(日本翻訳連盟)で翻訳業界の調査を実施しています。
翻訳業に関わっている個人も法人も対象で、回答期限は2020年11月13日までとなっています。

・リンク
https://www.jtf.jp/tips/report

参加者は結果が無料でもらえる(買うと2万円以上)ので、ぜひご回答ください。
(ただしJTF会員であればもともと閲覧可です)

翻訳業界に関する貴重な情報が掲載されるので、この業界で仕事をしている方には役立つはずです。
22 10月

新幹線の案内、英文テクニカルライティング的にはこう書く

先日、東海道新幹線に乗っていたら、各座席の前に案内が掲載されていた。開くとテーブルになる部分である。

東海道新幹線の座席部分案内


英語の案内文を見ていると、自分なら英文テクニカルライティングの発想でこう書くのではないか、と感じる点がいくつかあった。そこで試しに書き直してみたい。
現状の英文が間違いだと言いたいのではなく、あくまでテクニカルライティング的な発想をしたらという一例である。



まず「SOS」というオレンジ色のアイコンの右側にある2つの英文である。

【1】In case of emergency, you can talk to the train crew via intercom beside the door.
 → In case of emergency, you can talk to the train crew via the intercom beside each door.

ここは冠詞の使い方に疑問があった。特に末尾に「the door」とあるが、読者がどのドアか特定できているかは不明だ。定冠詞theは読者が知っているものに対して使う。図をよく見ると、車両の前後どちらのドアにも「SOS」アイコンがある。つまりどのドアの脇にも通話装置があると考えて「each door」を使った。


【2】Please notify the train crew immediately if you find any suspicious items or unattended baggage.
 → If you find any suspicious items or unattended baggage, notify the train crew immediately.

英文テクニカルライティングだと、文の最初に条件節を書くとされている(Googleの例)。どのような条件であればこの文を読み進めればよいのか、最初に提示するためである。つまり、不審物などを見つけた場合にのみ全文を読めばよいので、読者に余計な負荷をかけずに済む。
また、指示文に「please」は不要とされている(同じくGoogleの例)ので削除した。日本語的な発想だと失礼な感じがするが、英文テクニカルライティング的には問題ない。


続いて、ノートPCと携帯電話のアイコンの右側にある2文である。

【3】The power outlet located in your armrest is for laptop or mobile phone only. Be aware that supply voltage may shutdown or fluctuate.
 → … Be aware that supply voltage may shut down or fluctuate.

文自体は変えないが、shutdownは基本的には名詞の扱いである。だから「shut down」の方がよいのではと思われる。


【4】Please be considerate of other passengers while using your device.
 → While using your device, be considerate of other passengers.

ここも【2】と同様、(1)条件部分を最初に書き、(2)pleaseを削除した。


続いてWi-Fiアイコンの右にある英文である。

【5】Free Wi-Fi service is available in this train.

この文も変更はしない。しかし単にWi-Fiが使えると書いてあるだけでは、読者にとって親切ではない。どうやったら使えるかという情報があった方が望ましいのではないか。


最後に「i」のアイコンの部分である。

【6】Please check here for operating information.
 → For operating information, visit our website using the QR code:

ここは大幅に変えてみた。まず、前述のように条件部分(For operating information)を前に置いた。
続いて、元の文の「here」である。自分が一読した際、hereが何を指すのかすぐに理解できなかった。図をよく見るとさらに右側にQRコードがあるので、これがhereを指すものを思われる。実際に試してみると、QRコードからURLを読み取り、そのウェブページにアクセスして運行情報を得るという流れだった。そうであれば、この流れを明示した方がよいのではないかと思い、上記の英文に書き直した。
また文末にコロン(:)を付けた。コロンは後に情報が書かれているという目印になるので、ピリオドで文を終えるのではなく、コロンを使った。



各文について検討してみたが、実は文レベルだけではなく、情報全体の構成方法も工夫した方がよいのではと感じた。

写真を見ると、中点の後に日本語と英語がリストでダラダラと並んでいるような印象がある。そのため、明示的に「見出し」を付けた方がよいのではないか。見出しがあれば情報を見つけやすい(Googleスタイルガイド)。現状では左端のアイコンが見出しっぽくなっているようだが、リスト項目を読んだ後で初めて見出しだと気づく。それならば見出しの役割は果たしていない。付けるとしたら、たとえば以下のような見出しである。

■ Emergency
・In case of emergency, you can talk to the train crew via the intercom beside each door.
・If you find any suspicious items or unattended baggage, notify the train crew immediately.

■ Power outlet
・The power outlet located in your armrest is for laptop or mobile phone only. Be aware that supply voltage may shut down or fluctuate.
・Please be considerate of other passengers while using your device.



また、現在は英語と日本語が交互に書かれている。もし英語と日本語を分けて別々のエリアに書いておけば、ある言語での情報をいっぺんに見渡せるはずである。情報の見つけやすさを考えたら、そのような全体構成にしてもよいかもしれない。
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筆者について
西野 竜太郎
(Ryutaro Nishino)

翻訳者/著者/リンギスト。日本翻訳連盟・理事。
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