「mixi アプリ」で一番人気のあるアプリケーションは、「サンシャイン牧場」というゲームである。先ほど確認したら、利用者は 500 万人を超えていた。2 位が 400 万人に満たないので、その人気は圧倒的である。

このサンシャイン牧場が初めて登場したときに私も遊んでみた。そのとき最も印象に残ったのが、翻訳された日本語だった。以下の写真は、2 か月ほど前に撮ったゲームの画面である。

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 「水を飲ませて仔動物は順調に成長できます!」
 「喉が渇きますが、誰か水をくださいませんか?」

牧場の動物に与える水が無くなったというメッセージだ。私も翻訳者であるため、「職人的」視点から見ると、日本語としてこなれているとは言いがたいと感じる。特にゲームのように日本語表現力が求められる分野では、この日本語では「不可」になってもおかしくない。これはたまたま撮影できたメッセージの例であり、実はもっとおかしな日本語もある。開発元が中国の会社であるため、恐らく中国語から翻訳したのであろう。

ただし、私はここで翻訳の質の低さを笑いたいわけではない。むしろこの水準の翻訳で十分ユーザーは満足し、mixi アプリの人気トップに位置しているという事実を指摘したいのである。

ここしばらく、翻訳関係の人と話したりブログを読んだりしていると、翻訳料金の相場が下落している話をよく聞く。相場が下落しては質を保つのは難しいが、それでも高品質な翻訳を行いたいと思っている翻訳者や翻訳会社は多い。しかし実のところ、エンドユーザーは「質の高さ」を必ずしも求めていないのかもしれないのである。最低限の日本語品質を確保できるのであれば、それを超える品質は過剰であると考える層は意外に多い可能性はある。そうなると「良いものを作れば、売れる」という愚直で職人的な信念では、ビジネスはうまく行かない。


4 月に Economist 誌が新興国のイノベーションに関する特集を組んだ。原文は残念ながら無料で見られなくなっているが、池田信夫氏の「質素イノベーション」というブログ記事に解説が書いてある。それによると、新興国のイノベーションは、先進国のような高機能と高価格を目指すのではなく、新興市場に適応した最小限のスペックと低価格を特徴としているらしい。

もちろんこの例を即座に昨今の国内翻訳業界と結びつけるのは短絡的だ。しかし「質素イノベーション」という新しい言葉は、ものごとを理解する枠組みとしては便利である。翻訳にも質素イノベーションが起こっていて、その市場に適応したスペックと価格でサービスを提供するという選択肢があり得るのだという認識が必要かもしれない。少なくとも「良いものを作れば、売れる」という職人的な信念は相対化すべきだろう。