Web ブラウザを使っていると、「安全な接続」などというメッセージが表示されることがある。「https」というプロトコルを使って Web サイトに接続するからだ。https はショッピングサイトでクレジットカード情報を入力するときなどによく見られる。

この「安全」という言葉は secure の訳語であると思われる。辞書を見ると、確かに secure は「安全な」とある。しかし、実のところ必ずしも安全とは言えない。IT エンジニアはよく知っていると思うが、https は通信経路を暗号化するだけである。すなわち、盗聴を防止するなど経路上の安全は確保できるが、それ以外の安全は保証されない。例えば、詐欺師集団が Web サイトを運用している場合、いくら経路上が https で安全だとしても、クレジットカード情報が渡れば悪用されてしまうのである。

secure という単語は「安全な」と訳されることがある。しかしこれは利用者の誤解を招く可能性がある。https のようなケースであれば、secure は「セキュアな」や「セキュリティ保護された」と訳すべきだと思う。安全という言葉を使うと、語の意味範囲が広すぎて誤解につながることがあるからだ。しかしカタカナを使うことで、意味範囲を狭めて新しい概念であることを示せるのである。「安全」という日常語を改めて考察する日本人はほとんどいないと思うが、「セキュア」という新しい言葉であれば、立ち止まってその意味を考えるかもしれない(その結果、詐欺師集団から身を守れるかもしれない)。

翻訳によって原文の意味が損なわれることがよくあるが、実はこういったケースでは、逆に翻訳によって言語の機能性が高まる。secure という言葉をアメリカ人が聞いた場合、その意味範囲は IT に限定されない。しかし「セキュアな」というカタカナ日本語では、意味範囲をほぼ IT や通信に限定できる。

よく外来語をカタカナのまま使用せず、日本語に言い換えるべきだという議論がある。例えば国立国語研究所では外来語の言い換えを提案している。「バリアフリー」を「障壁なし」にすべきだ、といった提案である。私も基本的には賛成である。コミュニケーションの言葉は相手に理解されなければ意味がない。ただし、元の意味範囲と、言い換えた言葉の意味範囲とが異なって誤解が発生しうるのであれば、カタカナのまま使うべきだと考える。先に述べたように、カタカナを使うことで新たな概念であることを読者に示し、意味範囲を限定できるからだ。