2010 年 3 月に社会人向け専門職大学院である「産業技術大学院大学」(AIIT)を修了しました。修了後 1 年少しが経過し、同期生と会うと、卒業して良かった、あるいはそこまで意味がなかった、といった話になることがあります。

社会人向け大学院で得られたと私が現時点で感じているものについてまとめます。
これは当然学校や専攻によって異なるため、必ずしも一般化できないとは思いますが、社会人向け大学院への入学を考えている方にとって多少は参考になるかと思います。ちなみに私の専攻は情報システム関係でした。


得られるもの

・知識やスキル
学校に通おうと思っている方は、これを期待している場合が多いのではないかと思います。

専門職大学院は研究型大学院よりも授業が重視されていて、実際に知識やスキルは身に付きます。私の専攻では IT 関係ですし、例えば MBA 専攻だったら経営関係の専門知識が得られるはずです。書籍のみで学ぶ場合と違い、実習が存在することもあるので、より実践的な力が伸ばせることもあります。


・人間関係の広がり
同期の修了生に聞くと、人間関係が広がったことが一番大きな利点だったと言う人が何人もいます。これは私自身も感じています。

社会人向け大学院の場合、すでに社会で活躍している人が入学してきます。別企業の人とつながりを持てたり、ほとんど会うことのない別業界の人と知り合いになれたりします。そういった人間関係から仕事を受けるといった例もあるようです。
これは、大学新卒者がほとんどである従来の研究型大学院と異なる点です。


・キャリアアップ
修了して 1 年少しですが、社会人が大学院を出たために昇進したという話はあまり聞きません。転職したという話は聞きますが、大学院卒が利いたのかどうかは不明です。ただし新卒者の場合(社会人でない学生もいる)はきちんと就職できているようです。
どうも私が知る限りだと、社会人のキャリアアップ(特に同一企業内での昇進)という点で即効性があるかどうかは疑問です。社会人はやはり仕事上の実績が重視されるのでしょうか。

ある先生によると、大学院では「転職も含めてキャリアアップできます」という触れ込みで学生を集めたいものの、そう宣伝すると企業の側が嫌がるので、なかなか大きな声で言えないとのことでした。企業が嫌がるというのもおかしな話ですが、平日夕方から授業がある社会人向け大学院の場合、残業を減らすなど企業の「配慮」が必要だからでしょう。
現在の日本企業の雇用文化が変われば、今後キャリアアップを期待して入学する人は増えるかもしれません。


・学位
大学院の修士課程を修了すると、修士号がもらえます。上記のように、社会人の場合は仕事上の実績が重視され、修士号がすぐに何か意味を成すケースは少ないかと思います。
ただし、一生使える肩書きとしては有用かもしれません。例えば私は IT 分野の翻訳者なのですが、一定水準の専門知識があるというアピールに使えます。

また最近話題の「LinkedIn」を見ると、国際的なビジネスの場面では、修士号はある程度の意味がありそうな印象を受けます。LinkedIn で他人のプロフィールを見ていると、「Ph.D」はもちろんですが「MBA」や「MS」といった修士号を肩書きに付加している例を見ます。
今後日本でも雇用流動化が進むと考える場合、従来よりは学位の有無が注目されるようになるかもしれません。



いくつか「得られるもの」を挙げましたが、私の聞いた範囲では「人間関係の広がり」が最も有用だったと言う人が多かったように思います。
大学院に行くことで得られるものはありますが、当然コストが発生します。それについても少し触れます。


コスト

・時間
AIIT では、2 年次に修士論文の代わりにプロジェクトを行います。個人とグループの活動を含めて週 18 時間費やすことが期待されています。例えば、月〜金曜まで各 2 時間、土曜に 8 時間という配分です。
これはかなりの時間です。特に忙しい有職者の場合、平日帰宅後に 2 時間取れる人は多くないでしょう。また家族のいる人は、週末の 1 日が無くなる計算です。平均的な社会人学生の場合、平日の睡眠時間はせいぜい 4〜5 時間程度だと思います。睡眠不足による仕事への悪影響も考えられます。

2 年間にわたって週 18 時間という機会費用を払うわけで、これをどう考えるかです。これだけの時間があれば、例えば残業したり、旅行したり、子供と遊んだりと、さまざまな選択肢があり得るでしょう。


・お金
学校なので、授業料がかかります。
私の通った AIIT は都立だったので、それほど高くありませんでした(入学金が 30 万円、授業料が年 50 万円ほど)。MBA だと、修了までに 300 〜 400 万円ほどかかる学校もあります。
また、教科書代やら電車代やら学生同士の飲み会代やら、細々とした出費もあります。



このように、得られるものがある半面、コストがかかります。
私の場合、十分プラスになったと感じています。まず IT 関連の知識やスキルを得ることで、例えば Android アプリを開発して販売できました。また、それまで知らなかった IT 業界の人と知り合えました。さらに、技術分野の修士号を肩書きで使えています。これらを考え合わせると、投資は十分回収できると思います。
逆に、投資したほどメリットがなかったと言う人もいます。卒業はしたものの、費やしたあの時間を仕事に使っていれば、もっと得る所は大きかっただろうという意見です。とりわけ同一企業に継続して勤務している人は、そう考える傾向にあるようです。

繰り返しですが、上記の内容は私の経験に基づく意見です。必ずしも一般化できないので、参考までとしてください。



ちなみに産業技術大学院大学には、「長期履修制度」があって、3 年かけて卒業することもできます。また「単位バンク」という制度があります。まずは科目等履修生から始め、その後正規学生になるという仕組みで、取った単位は移行できます。
ちょっとお試しで、という履修ができるので、興味のある方はどうぞ。