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IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

書評

23 6月

『ユーザー中心翻訳』




翻訳のプロであるならば、顧客が満足するようなサービスを提供しなければならないと言われます。ここで「顧客」というのは通常、フリーランス翻訳者であれば翻訳会社、翻訳会社であればソース・クライアントを指します。つまり、翻訳会社やソース・クライアントが満足するようなサービスを提供できるのがプロの翻訳者あるいは翻訳会社というわけです。これは比較的広く受け入れられている考え方ですし、現実のビジネスを見ると確かにそうでしょう。

ここに別の視点を持ち込むのが、本書のタイトルでもある「ユーザー中心翻訳」(UCT:user-centered translation)です。直接の顧客である翻訳会社やソース・クライアントというよりも、訳文の最終読者となるユーザーを中心に翻訳しようという方向です。この背景にあるのが「ユーザビリティー」と「ユーザー体験」(UX)という概念です。ユーザビリティーは例えば「読みやすさ」や「学習しやすさ」、ユーザー体験は「楽しい」といった体験全体に関係します。

ただしこれまで翻訳学においてユーザー(読者)が無視されていたわけではありません。例えば機能主義翻訳では、ドキュメントの目的("スコポス"とも)に沿った翻訳がなされているかどうかに注目していました。UCTが機能主義と異なるのは「ペルソナ」など具体的な分析手法をいくつか提案している点です。ペルソナとは架空の人物のことで、訳文を実際に読みそうな人を具体的に想定し(35歳のネットワーク・エンジニアなど)、その人がどう読むかを考えながら翻訳します(ちなみにペルソナ法はUCTに特有というより、UX研究ではよく知られた方法です)。

このUCTは従来の翻訳ビジネスを置き換えるというより、付加価値や多様性(diversification)をもたらすものでしょう。例えばアプリのUI翻訳です。現在主流の「1ワード何円」という計算方法の場合、画面に数語しか表示されないUI翻訳は、全く儲からない商売です。しかし「UXが高まり(結果的に)売上が伸びる」という方法で進めるなら、これまでとは違うビジネスになる可能性があります。UCTはこのような多様化に資する考え方でしょう。

以上です。
22 5月

『よくわかる翻訳通訳学』

日本の現役の翻訳者で、「翻訳理論」を知っている人はあまりいないのではないでしょうか。少なくとも私が同業者同士で会ったときに翻訳理論の話が出てきたことは一度もありません。

正直なところ、私も知りません。まあ翻訳理論を知らなくても翻訳を仕事にできるということです。ただ、日々の翻訳実践というのはその場その場の個別の経験であり、そこから一般化できる何かが見つけられないだろうかという疑問は持っていました。個々の具体的な経験を抽象化し、一般的な「理論」が導き出せないか、と。

やはり私が知らないだけで、理論を考えている人はいたわけです。
例えば『よくわかる翻訳通訳学』に「Domestication(受容化)」と「Foreignization(異質化)」という言葉が載っています(p. 136)。受容化ではターゲット言語(英日なら日本語)に馴染むような翻訳をし、異質化ではターゲット言語の規範から外れるような翻訳をします。
例えば私の専門のソフトウェア・ローカリゼーションでは、ユーザーが使いやすいように「受容化」を目指すことが普通です。逆にある種の文芸翻訳などではわざと「異質化」を狙うこともあるでしょう。
何のことはない当たり前のような話ですが、こういった理論を知っておくと、個別具体的な状況で分析したり適用したりできることもあり得ます。

しかし残念なことに、日本においてこの「理論」と「経験」がうまく絡んでないのではないかと個人的に感じます。具体的な翻訳現場の経験から理論を構築し、その理論をさらに具体的な場面で使うというサイクルです。基本的に前者(理論)は大学などのアカデミアが担い、後者(経験)は業界や職業人が関わるのだと思いますが、まあ両者のつながりが深いとは思えません。翻訳者や翻訳業界の経験を学者が吸い上げて抽象化や理論化をし、それを翻訳者や業界に戻すといった例はあまりないのではないでしょうか。

翻訳理論を知らなくても翻訳業はできますが、「どんな理論があるのか少し知りたい」と思っている方は『よくわかる翻訳通訳学』の「翻訳学」の章(p. 110-155)が入門的です。




以上です。
4 2月

読書『Global UX: Design and Research in a Connected World』

Global UX: Design and Research in a Connected World



異なる文化圏のユーザーを対象とする際のUX(User eXperience、ユーザー体験)について解説した本です。グローバルなUXに関する理論的な話に加え、実際に仕事に関わっている人のインタビューが多く収録されています。

具体的な経験に基づくベスト・プラクティスの例も(遠隔会議ではビデオチャットが良いなど)ありますが、日付や住所の表記方法などを辞典的に解説したものではありません。数多くのインタビューで実際の経験を共有し、意識の持ち方自体を変えてもらうことを目指しているようです。


理論的枠組みを紹介するのが本書のメインテーマではありませんが、興味深い図があったので紹介します。
layers_of_culture

グローバルUXの活動をする際に理解しておきたい「文化の層」(Layers of culture)で、cxpartnersという会社で使っているようです。他の文化に関することで、予測が簡単なものから難しいものまでを並べています。

<より簡単>
・タスク: ホテルの予約手順など。国ごとにあまり違いはない。
・インフラ: インターネットの利用方法など。ブロードバンドが普及していない国では動画再生は難しい。
・法制度: 税金、プライバシー法、ビザなど。
・市場標準: 自動車には標準でさまざまな機能が付属する国と、オプションが中心の国など。
・言葉: 自動車でスペック情報掲載を重視する国と、あまり重視しない国。単なる翻訳では解決できない。
・文化: その他。価値観、物事に対する態度、儀式、モラル、個人主義vs集団主義、好まれる言葉遣い、など。
<より難しい>

要するに、少し検索して調べられるような情報から、現地の人に聞かないと分からないような情報まで幅広くあるということです。


もう一つ面白いと思った分類です。グローバル企業のブランドのローカリゼーションは、3つの基本パターンがあるという話です。

1: One product, with minor localization
製品は主市場向けに設計され、少しの変更を加えて(ローカリゼーションして)売る。例えば次のような製品/サービス:
・各地でタスクやプロセスに違いが少ないニッチ市場向け
・基本的に似た文化圏の人が使う
・高級ブランドのように、主市場の文化がアピールする
・製造コストを抑えたハードウェア製品
例としてTwitterが挙げられています。

2: Locally controlled products
共通のブランドはあるが、各地のフランチャイズが経営。例えば次のような製品/サービス:
・ローカル色が濃い
・文脈や文化に影響されやすい個人的嗜好に左右される
・医療や金融のように、各国で法律が異なる
例としてHSBC銀行が挙げられています。

3: Global template with local variations
統一的な設計を目指すが、ローカルのニーズにも応える(1と2の中間)。例えば次のような製品/サービス:
・グローバル・ブランドが必要だが、ローカルの環境とも関わりがある。銀行、ホテル、旅行業など
・似たようなワークフローが存在するが、ローカルでの違いに対応する必要がある
例としてYahoo!が挙げられています。
テンプレートはある程度堅固でなければならないが、変種を許容できる柔軟さも必要で、「変える十分な理由がなければ変えない」といった感じのようです。


上記のように、本書ではインタビューが豊富です。実際の経験を読むこともできるので、興味があれば一読してみてください。

以上です。
20 3月

読書:『IT時代の実務日本語スタイルブック』

IT時代の実務日本語スタイルブックIT時代の実務日本語スタイルブック
著者:山本 ゆうじ
販売元:ベレ出版
(2012-02-16)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

目次は以下のようになっています。章レベルのみなので、節以下も知りたい場合はこちらの PDF ファイルで確認してください。
00 はじめに─本書の特色
01 名文ではなく良文を目指す
02 実務悪文の3つの問題点─難しい・あいまい・長い
03 読み手と書き手──簡潔・明快に書くために
04 英語圏での表記の取り組み
05 スタイル ガイドとは
06 IT 時代の表記法──電子文書の利点を活かす
07 文の組み立て
08 記号の意味と使い方──約物ってなに?
09 ひらがなと漢字のバランスをとる
10 カタカナの扱い方
11 文書の構築法
12 Word の正しい使い方
13 メモ取りソフトの活用
14 文章と表現を鍛える字数制限ダイエット
15 実務文章に応用できる創作文章の5つのテクニック
16 用語集で専門用語を管理する
17 おわりに
18 実務日本語・12の基本表記規則
19 用語集


◆ なぜ今、日本語の書き方を学ぶ必要があるのか

表記ルールなど具体的な書き方は本書内で説明されているので、ここでは「 なぜ今、日本語の書き方を学ぶ必要があるのか」という点について、私の意見も交えながら考えてみます。

本書では次のような説明があります。
日本語を母国語としている人どうしでも、ビジネスの現場では、あいまいな日本語や、不必要に難しい日本語が日常的に使われており、誤解から大きな損失が生じています。企業で難しい日本語を使うと、社内での意思疎通が妨げられ、社外的にはビジネスでの競争力が下がります。
  <中略>
海外向け文書を日本語で書いて翻訳するときでも、元が分かりにくい日本語では、日本の立場をうまく説明できません。
(p13)

日本人どうしの意思疎通の場面ではもちろん、海外向けに日本語が翻訳される場合にも、分かりやすい日本語が必要だということです。

先日のブログ記事に「CNN の誤訳問題」を取り上げました。CNN はトヨタの内部文書(日本語)を入手し、トヨタが自動車の欠陥を知りながら隠蔽していたと報道しました。しかし実は、その根拠となった日本語文書の英語翻訳が間違っていたという話です。そもそもトヨタの文書は社外向けではありませんでしたが、偶然それが社外に出てしまい、翻訳がうまくなされなかったために大きな損失が生じた不幸な例と言えるでしょう。

現在、いわゆる「グローバル化」が進んでいます。例えば、製造業の海外進出海外からの留学生の増加外国人労働者の増加などです。日本企業が外国人留学生を積極的に採用するというニュースも耳にします。グローバル化が進展すれば、日本語が分かりにくいために損失が生じたりトラブルが発生したりするケースは増えるでしょう。つまり、日本と日本語を取り巻く環境は変化しつつあるのです。文化的あるいは言語的な背景が異なる同僚、顧客、あるいは隣人と日本語でコミュニケーションを図る機会は増加するはずです。

こういった環境の変化に対応するには、何らかの指針が必要になります。目次にある通り、本書は表記ルールはもちろん、Word といったツールの使い方まで解説しています。抽象的ではなく具体的なガイドとして、本書は役に立つでしょう。
(後日、電子書籍版も出るそうなので、検索機能が欲しい場合は少し待ってもよいかもしれません。出版社のページはこちら

以上です。
17 8月

読書:「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力

ローカリゼーション業界関係者であれば、「ローカリゼーション」と聞くとすぐにソフトウェアが思い浮かびます。インターフェイスの文字列を翻訳したり、各国の事情に合わせて機能(例えば税金計算やカレンダー)を変えたりすることです。
しかしローカリゼーションの対象になるのは、ソフトウェアだけではありません。アメリカに輸出する自動車のハンドルを左に付けることもローカリゼーションの一例です。


「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力
著者:安西洋之
販売元:日経BP社
(2011-07-28)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


本書は日本企業によるローカリゼーションの事例をいくつも紹介しています。しょうゆ、即席めん、冷蔵庫、洗濯機などです。
また、単に事例を挙げるだけではなく、これから海外進出したい企業が考慮すべきポイントと、「ローカリゼーションマップ」の作り方を解説しています。ローカリゼーションマップとは、「商品企画において役に立つ日常生活のロジックを、いかに把握するかを目的とした」ツールで、海外展開の戦略に利用されるものです。

なぜローカリゼーションという考え方が生まれたかについて、こう説明しています。
即ち、元来、地域文化と製品文化に乖離はなかった。商品が地域の外で売られたり、あるいは人が移動して商品をもちこむことによって、その先の土地でローカリゼーションが要望されることになった。(p.201)

つまり、製品が海外に出る際には「地域文化」と「製品文化」の乖離が発生するため、そこにローカリゼーションが必要だということです。例えば本書のタイトルにもなっているマルちゃんのカップめんは、アメリカやメキシコではラーメンというより「スープ」と認識されているため、スープを全部飲むそうです。そのため味を薄くしているとのことです。

各国における製品文化の特徴をつかみ、その地域文化を理解するために、「ローカリゼーションマップ」を作ります。
図は何種類かあるのですが、以下は「ローカリゼーション全体評価図」と呼ばれています。

l10nmap_213


第 1 象限にある「スマートフォン」は、グローバルな市場で流通する製品であり、特定地域のコンテクスト(文化的な色合い)が弱い傾向があります。
逆に第 3 象限の「洗濯機」は、ローカル市場で売られ、かつコンテクストの影響が強い傾向があります。洗濯機は、ドイツ以北だと脱水機能の強さが求められるのに対し、南欧では洗濯容量が求められます。また、日本では洗濯、脱水、すすぎなどのメニューが選べるのに対し、ヨーロッパではセットになっていて選べなくなっています。このように洗濯機は地域のコンテクストの影響が強いということです。

全部は紹介できませんが、上記のような図(ツール)がいくつか挙げられています。



私も「ローカリゼーション業界」に属しているため、ローカリゼーションには興味を持っていました(翻訳はローカリゼーションの一部とされる)。しかし、ソフトウェア以外の製品については状況をほとんど知りませんでした。
本書は具体例が豊富なことに加え、「ローカリゼーションマップ」という実践的なツールまで紹介されているので、ローカリゼーション関係者にとっても、海外向け製品を企画する人にとっても、興味深い内容だと思います。
著書/訳書
血と汗とピクセル
『血と汗とピクセル』


アプリ翻訳実践入門
『アプリ翻訳実践入門』


ソフトウェアグローバリゼーション入門
インプレス刊
『ソフトウェアグローバリゼーション入門』

達人出版会刊
『ソフトウェア・グローバリゼーション入門』


英語語源が魔術に変わる世界では
『英語語源が魔術に変わる世界では』


現場で困らない! ITエンジニアのための英語リーディング
『IT英語リーディング』


アプリケーションをつくる英語
紙版
『アプリケーションをつくる英語』

電子版
『アプリケーションをつくる英語』
第4回ブクログ大賞受賞】