IT翻訳者Blog

翻訳、英語、ローカリゼーション、インターナショナリゼーションなどについて書いています。

カテゴリ: 書評

Global UX: Design and Research in a Connected World



異なる文化圏のユーザーを対象とする際のUX(User eXperience、ユーザー体験)について解説した本です。グローバルなUXに関する理論的な話に加え、実際に仕事に関わっている人のインタビューが多く収録されています。

具体的な経験に基づくベスト・プラクティスの例も(遠隔会議ではビデオチャットが良いなど)ありますが、日付や住所の表記方法などを辞典的に解説したものではありません。数多くのインタビューで実際の経験を共有し、意識の持ち方自体を変えてもらうことを目指しているようです。


理論的枠組みを紹介するのが本書のメインテーマではありませんが、興味深い図があったので紹介します。
layers_of_culture

グローバルUXの活動をする際に理解しておきたい「文化の層」(Layers of culture)で、cxpartnersという会社で使っているようです。他の文化に関することで、予測が簡単なものから難しいものまでを並べています。

<より簡単>
・タスク: ホテルの予約手順など。国ごとにあまり違いはない。
・インフラ: インターネットの利用方法など。ブロードバンドが普及していない国では動画再生は難しい。
・法制度: 税金、プライバシー法、ビザなど。
・市場標準: 自動車には標準でさまざまな機能が付属する国と、オプションが中心の国など。
・言葉: 自動車でスペック情報掲載を重視する国と、あまり重視しない国。単なる翻訳では解決できない。
・文化: その他。価値観、物事に対する態度、儀式、モラル、個人主義vs集団主義、好まれる言葉遣い、など。
<より難しい>

要するに、少し検索して調べられるような情報から、現地の人に聞かないと分からないような情報まで幅広くあるということです。


もう一つ面白いと思った分類です。グローバル企業のブランドのローカリゼーションは、3つの基本パターンがあるという話です。

1: One product, with minor localization
製品は主市場向けに設計され、少しの変更を加えて(ローカリゼーションして)売る。例えば次のような製品/サービス:
・各地でタスクやプロセスに違いが少ないニッチ市場向け
・基本的に似た文化圏の人が使う
・高級ブランドのように、主市場の文化がアピールする
・製造コストを抑えたハードウェア製品
例としてTwitterが挙げられています。

2: Locally controlled products
共通のブランドはあるが、各地のフランチャイズが経営。例えば次のような製品/サービス:
・ローカル色が濃い
・文脈や文化に影響されやすい個人的嗜好に左右される
・医療や金融のように、各国で法律が異なる
例としてHSBC銀行が挙げられています。

3: Global template with local variations
統一的な設計を目指すが、ローカルのニーズにも応える(1と2の中間)。例えば次のような製品/サービス:
・グローバル・ブランドが必要だが、ローカルの環境とも関わりがある。銀行、ホテル、旅行業など
・似たようなワークフローが存在するが、ローカルでの違いに対応する必要がある
例としてYahoo!が挙げられています。
テンプレートはある程度堅固でなければならないが、変種を許容できる柔軟さも必要で、「変える十分な理由がなければ変えない」といった感じのようです。


上記のように、本書ではインタビューが豊富です。実際の経験を読むこともできるので、興味があれば一読してみてください。

以上です。
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IT時代の実務日本語スタイルブックIT時代の実務日本語スタイルブック
著者:山本 ゆうじ
販売元:ベレ出版
(2012-02-16)
販売元:Amazon.co.jp
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目次は以下のようになっています。章レベルのみなので、節以下も知りたい場合はこちらの PDF ファイルで確認してください。
00 はじめに─本書の特色
01 名文ではなく良文を目指す
02 実務悪文の3つの問題点─難しい・あいまい・長い
03 読み手と書き手──簡潔・明快に書くために
04 英語圏での表記の取り組み
05 スタイル ガイドとは
06 IT 時代の表記法──電子文書の利点を活かす
07 文の組み立て
08 記号の意味と使い方──約物ってなに?
09 ひらがなと漢字のバランスをとる
10 カタカナの扱い方
11 文書の構築法
12 Word の正しい使い方
13 メモ取りソフトの活用
14 文章と表現を鍛える字数制限ダイエット
15 実務文章に応用できる創作文章の5つのテクニック
16 用語集で専門用語を管理する
17 おわりに
18 実務日本語・12の基本表記規則
19 用語集


◆ なぜ今、日本語の書き方を学ぶ必要があるのか

表記ルールなど具体的な書き方は本書内で説明されているので、ここでは「 なぜ今、日本語の書き方を学ぶ必要があるのか」という点について、私の意見も交えながら考えてみます。

本書では次のような説明があります。
日本語を母国語としている人どうしでも、ビジネスの現場では、あいまいな日本語や、不必要に難しい日本語が日常的に使われており、誤解から大きな損失が生じています。企業で難しい日本語を使うと、社内での意思疎通が妨げられ、社外的にはビジネスでの競争力が下がります。
  <中略>
海外向け文書を日本語で書いて翻訳するときでも、元が分かりにくい日本語では、日本の立場をうまく説明できません。
(p13)

日本人どうしの意思疎通の場面ではもちろん、海外向けに日本語が翻訳される場合にも、分かりやすい日本語が必要だということです。

先日のブログ記事に「CNN の誤訳問題」を取り上げました。CNN はトヨタの内部文書(日本語)を入手し、トヨタが自動車の欠陥を知りながら隠蔽していたと報道しました。しかし実は、その根拠となった日本語文書の英語翻訳が間違っていたという話です。そもそもトヨタの文書は社外向けではありませんでしたが、偶然それが社外に出てしまい、翻訳がうまくなされなかったために大きな損失が生じた不幸な例と言えるでしょう。

現在、いわゆる「グローバル化」が進んでいます。例えば、製造業の海外進出海外からの留学生の増加外国人労働者の増加などです。日本企業が外国人留学生を積極的に採用するというニュースも耳にします。グローバル化が進展すれば、日本語が分かりにくいために損失が生じたりトラブルが発生したりするケースは増えるでしょう。つまり、日本と日本語を取り巻く環境は変化しつつあるのです。文化的あるいは言語的な背景が異なる同僚、顧客、あるいは隣人と日本語でコミュニケーションを図る機会は増加するはずです。

こういった環境の変化に対応するには、何らかの指針が必要になります。目次にある通り、本書は表記ルールはもちろん、Word といったツールの使い方まで解説しています。抽象的ではなく具体的なガイドとして、本書は役に立つでしょう。
(後日、電子書籍版も出るそうなので、検索機能が欲しい場合は少し待ってもよいかもしれません。出版社のページはこちら

以上です。
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ローカリゼーション業界関係者であれば、「ローカリゼーション」と聞くとすぐにソフトウェアが思い浮かびます。インターフェイスの文字列を翻訳したり、各国の事情に合わせて機能(例えば税金計算やカレンダー)を変えたりすることです。
しかしローカリゼーションの対象になるのは、ソフトウェアだけではありません。アメリカに輸出する自動車のハンドルを左に付けることもローカリゼーションの一例です。


「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力
著者:安西洋之
販売元:日経BP社
(2011-07-28)
販売元:Amazon.co.jp
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本書は日本企業によるローカリゼーションの事例をいくつも紹介しています。しょうゆ、即席めん、冷蔵庫、洗濯機などです。
また、単に事例を挙げるだけではなく、これから海外進出したい企業が考慮すべきポイントと、「ローカリゼーションマップ」の作り方を解説しています。ローカリゼーションマップとは、「商品企画において役に立つ日常生活のロジックを、いかに把握するかを目的とした」ツールで、海外展開の戦略に利用されるものです。

なぜローカリゼーションという考え方が生まれたかについて、こう説明しています。
即ち、元来、地域文化と製品文化に乖離はなかった。商品が地域の外で売られたり、あるいは人が移動して商品をもちこむことによって、その先の土地でローカリゼーションが要望されることになった。(p.201)

つまり、製品が海外に出る際には「地域文化」と「製品文化」の乖離が発生するため、そこにローカリゼーションが必要だということです。例えば本書のタイトルにもなっているマルちゃんのカップめんは、アメリカやメキシコではラーメンというより「スープ」と認識されているため、スープを全部飲むそうです。そのため味を薄くしているとのことです。

各国における製品文化の特徴をつかみ、その地域文化を理解するために、「ローカリゼーションマップ」を作ります。
図は何種類かあるのですが、以下は「ローカリゼーション全体評価図」と呼ばれています。

l10nmap_213


第 1 象限にある「スマートフォン」は、グローバルな市場で流通する製品であり、特定地域のコンテクスト(文化的な色合い)が弱い傾向があります。
逆に第 3 象限の「洗濯機」は、ローカル市場で売られ、かつコンテクストの影響が強い傾向があります。洗濯機は、ドイツ以北だと脱水機能の強さが求められるのに対し、南欧では洗濯容量が求められます。また、日本では洗濯、脱水、すすぎなどのメニューが選べるのに対し、ヨーロッパではセットになっていて選べなくなっています。このように洗濯機は地域のコンテクストの影響が強いということです。

全部は紹介できませんが、上記のような図(ツール)がいくつか挙げられています。



私も「ローカリゼーション業界」に属しているため、ローカリゼーションには興味を持っていました(翻訳はローカリゼーションの一部とされる)。しかし、ソフトウェア以外の製品については状況をほとんど知りませんでした。
本書は具体例が豊富なことに加え、「ローカリゼーションマップ」という実践的なツールまで紹介されているので、ローカリゼーション関係者にとっても、海外向け製品を企画する人にとっても、興味深い内容だと思います。
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理系のための英語「キー構文」46 (ブルーバックス)理系のための英語「キー構文」46 (ブルーバックス)
著者:原田 豊太郎
販売元:講談社
(2009-09-18)
販売元:Amazon.co.jp
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以前の記事で紹介した『技術英語の冠詞活用入門』の著者による書籍です。

本書『理系のための英語「キー構文」46』では、タイトルの通り英語の構文を紹介しています。
特徴的なのは、英語構文を最初に紹介して解説するという方法を取っていない点です。頻繁に使うものの、うまく英語にできない日本語表現を見出しとして取り上げ、それに対応する英語構文を説明しています。

プログラミングの本では、言語の文法を解説するものが主流です。しかしそれとは別に、「やりたいこと」や「実現したい機能」を目次にし、それに対応するプログラミング例を挙げている本があります。いわゆる「逆引き」です。
『理系のための英語「キー構文」46』は、いわば英語表現の「逆引き本」と言えます。具体的に目次を見ると、次のような二部構成になっています(一部抜粋)。
第 1 部 キー構文編
日本語の構文を英語に置き換えるコツ

ex. 1 …か…か… 26
ex. 2 …が,… 26
ex. 3 …が…が… 35
<中略>
ex. 21 …では 73
ex. 22 …ではなくて… 76
<中略>
…は…が… 98
  ex. 33 1 …は…がある 99
  ex. 34 2 …は…が多い 104
<中略>

第 2 部 重要フレーズ編
多用する「単語」と「言い回し」を身に付ける

ある 148
  1 一般的である 148
  2 恐れがある 149
  3 ことがある 150
  4 根底にある 151
  5 はずである 151
  6 問題である 152
<中略>
場合 258
  1 場合 258
  2 …する場合,…する場合には,…する場合は 259
  3 …の場合,…の場合は… 261
<後略>


第 1 部は機能語ばかりで、ぱっと見ると意味が分からず少々面食らいます。しかしそれ自体で意味を持たないことが「構文」の特徴とも言えます。上で引用した「…は…が…」の構文について、次のような解説があります(p 98)。
構文「A は B が…」は,主題 A(題目とも呼ばれる)を提示する係助詞「は」と主格 B を表す格助詞「が」を含む構文になっており,1 つの文章のなかに似たような 2 つの要素が含まれているという点で日本語のなかでもとりわけ興味深い構文である。

これを読むと分かるように、英文法ではなく、日本語文法の解説になっています。普段日本語を母国語にする私たちは、英語と対照させて初めて日本語の特性に気づくことがあります。また、何となく書いた日本語を英語にするとき、自分の思考の非論理性に気づくこともあります。本書を読んで得られる副効能は、自分の書く日本語に意識的になれるという点でしょう。明快な英語を書こうとする場合、英文法に詳しいことよりも、思考が明快であることの方が重要です。

逆引き本の利点は、それが辞書的に使えるという点です。ただし一度通読してからの方が使いやすくなるかもしれません。また日英対訳になっているので、日本語だけ見て英語を書く練習をするという使い方もできそうです。
いずれにしても、英語を書く人なら手元に置いておきたい本です。講談社ブルーバックスなので入手しやすく、価格も 1060 円(税別)と手ごろです。
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例文詳解 技術英語の冠詞活用入門例文詳解 技術英語の冠詞活用入門
著者:原田 豊太郎
販売元:日刊工業新聞社
(2000-06)
販売元:Amazon.co.jp
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冠詞(a や the)は、ある程度英語を学習した日本人が英文を書く際に、恐らく最も悩む事項なのではないかと思います。
単語や表現は辞書を使えばある程度は調べられますが、冠詞は文中における文脈で決まるため、辞書を見ただけでは本当に正しいのかどうか分かりません。「特定できる名詞には the」という基本的なルールは初学者でも知っていますが、それでも悩むのが冠詞です。

本書は特に科学技術分野の英文における冠詞について使い方を解説しています。
まず規則的な用法について 4 つの規則を取り上げ、その後で不規則な用法などを説明しています。

規則的な用法として、以下の 4 つを挙げています。

規則 1:
情報を送る側と受け取る側の双方にとって不特定・非限定な場合、
 ・可算名詞の単数形には、a
 ・可算名詞の複数形には、付けない
 ・不可算名詞には、付けない

規則 2:
情報を送る側にとっては特定・限定であるが、受け取る側にとっては不特定・非限定な場合、
 ・可算名詞の単数形には、a
 ・可算名詞の複数形には、付けない
 ・不可算名詞には、付けない

規則 3:
情報を送る側と受け取る側の双方にとって特定・限定の場合、
 ・可算名詞の単数形には、the
 ・可算名詞の複数形には、the
 ・不可算名詞には、the

規則 4:
情報を送る側と受け取る側の双方にとって一般的概念(総称表現など)の場合、
 ・可算名詞の単数形には、a または the
 ・可算名詞の複数形には、付けない
 ・不可算名詞には、付けない

このうち、日本人にとって最も難しいのが「規則 2」で、「規則 3」と混同してしまうと言います。
規則 2 では、情報を送る側では特定できているものの、受け取る側では特定できていない状態です。いくら送り手が特定できていたとしても、受け取る側が特定できていない場合、the は付かないということです。送る側と受け取る側の双方が名詞を特定できて初めて、the を付けられるのです。

また「規則 3」における「特定・限定」の方法についてです。本書では重要なものとして次の 3 つを挙げています。
(1)すでに出た名詞に 2 回目から the を付けて両者が同じ名詞であることを示すことにより特定する。
   → 既出の名詞に付ける the です。
(2)文脈(それまでに与えられた情報)により特定したり、限定する。
   → 例えば、同じ場所にある図面で指示されている名詞です。
(3)さまざまな修飾語句で特定する仕方であるが、非常にバラエティーに富んでいる。
   → 例えば、形容詞の最上級や of による修飾で名詞が特定できる場合です。


上記は「規則的な用法」に関するものです。不規則な用法や特殊な用法などについては、本書で確認してみてください。
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